紛失による情報漏えい事故の発生を恐れ,ノートPCの社外への持ち出しを禁止する企業は多い。ノートPCの価値は持ち運べることにあるわけだが,情報漏えいで生じるリスクを考えた場合,やむを得ない措置なのだろう。

 情報漏えい対策としてハード・ディスクの暗号化ソフトを使う方法もある。だが,ある企業のパソコン管理の担当者は「紛失時に,本当にデータが暗号化されていたのかどうかを確認できない点に不安が残る」という。結局,安全性を追求するとノートPCの持ち出し禁止措置に行き着かざるを得ない。

 しかし最近,この状況を変えるシステムが登場している。携帯電話の高速データ通信サービスとシン・クライアントを組み合わせた「モバイル・シン・クライアント」だ。

 シン・クライアント自体は端末管理のコストを削減するシステムとしてすでに普及しつつある。モバイル・シン・クライアントは,このシン・クライアントをモバイルの世界でも実現しようというものだ。シン・クライアントでは端末側にデータを残さないので,端末を紛失しても情報漏えいの危険性はない。

 モバイル・シン・クライアントを支えるのは,イー・モバイルやNTTドコモ,ソフトバンクモバイルが提供する高速のHSDPA(High Speed Downlink Packet Access)サービスである。各社は理論値で下り最大3.6M~7.2Mビット/秒のサービスを提供しているが,実効速度でも下り1Mビット/秒以上のスピードを期待できることが多い。下り帯域が1Mビット/秒あれば,シン・クライアントの利用には十分である。イー・モバイルやNTTドコモの定額サービスを使えば,通信費も月数千円で済む。

 先日,筆者はサイボウズ・メディアアンドテクノロジーで,同社が販売するモバイル・シン・クライアントを使う機会を得た。回線はソフトバンクモバイルのHSDPAサービスで,測定サイトで計測すると,下り1.01Mビット/秒の実効速度が出ていた。

 いくつかのソフトを使ってみたが,WordやExcel,PowerPointであれば,通常のローカル・ハード・ディスクから起動した場合と使い勝手はほとんど変わらなかった。Webの閲覧では,Flashアニメの部分や,ページのスクロール時などで多少ぎこちない動きになるが,それほど気になるレベルではなかった。画面の書き換えが多い動画やアニメーションを多用するソフト以外であれば,HSDPA+モバイル・シン・クライアントの組み合わせで,ノートPCとそれほど差のない操作性を実現できそうである。

 モバイル・シン・クライアントの場合,下り方向で発生する通信は画面の差分情報だけ,上り方向はキーやマウスの入力情報だけだ。WordやExcelなど,業務で使う一般的なソフトの利用であれば帯域を大量消費することはないので,無線区間の負荷はそれほど大きくないはずだ。携帯電話事業者にとっても歓迎できるアプリケーションだろう。

 ノートPCの利便性・携帯性と情報漏えい対策を両立させたい企業にとって,モバイル・シン・クライアントが一つの解になりそうだ。