2008年3月19日,Windows Vista登場から1年以上経ってようやくマイクロソフトがVistaのサービスパック1(SP1)を公開した。バグの修正やアップデートをまとめたSP1は,安定して使えるOS環境を提供してくれるだろう。それだけに,SP1登場をきっかけに,社内のクライアント・パソコンのVista移行を決断する情報システム部門も多いはずだ。

 しかし,情報システム部門は本当にVistaへの移行を望んでいるのだろうか。そんな疑問を抱きつつ,ユーザー企業に話を聞きに行った。すると,「いずれはVistaに移行するんだろうけれど…」という,語尾のはっきりとしない声が聞こえてきた。実は,それぞれが異なった事情から悩みを持っていることが分かった。

 例えば,帝国ホテルは使っているホスト・コンピュータのエミュレータがVistaに対応していないことから,移行を延期せざるを得ない状態だ。積水化学工業は約5年の歳月をかけてWindows 9xのOSを駆逐し,Windows XPを標準機として採用したばかり。Vistaへの移行タイミングに頭を悩ませていた。ある企業からは,「OSに振り回されるのはもういい加減にしたい」,「料金を支払ってでもいいから,これから先もずっとXPの延長サポートをしてほしい」という悲鳴に近い声すら聞こえてきた。

 言うまでもないが,今ではパソコンは業務に欠かせない存在だ。電子メールにWeb閲覧,書類の作成といったオフィス・ワークの道具として,あるいは会計システム,人事給与システムなどのクライアントとしてパソコンは活躍している。実はこれが,OS移行の問題を大きくしている。情報システム部門はOS移行のために,業務で使うアプリケーションや社内システムを検証する。この検証作業が,かつてXPに移行する時よりも多くなってしまっているのだ。「検証にかける時間やコストもばかにならない」とぼやく情報システム部門の担当者もいた。

 マイクロソフトがOSをより安全に安定して快適に使えるため,機能などを進化させることは当然のことだ。利用者である我々も,その進化した機能の恩恵を受けることがしばしばある。しかし,情報システム部門にとってみれば,その進化が検証作業などを複雑化,煩雑化してしまう元凶になっているのだ。検証作業に1~2年かかるのに,5年サイクルでOSが次々と出てくるのでは,担当者は息つく暇もなく次のOSのことを考えなければならない。OSの進化が移行のハードルをどんどん高くしているのは,まさにOSの“罪”ではないだろうか。

 そんな中,情報システム部門にとって悩ましいことにVista移行への期限が迫りつつある。XPの販売は08年6月で終了し,法人向けの延長サポートは14年に期限を迎える。いくら移行が大変だからといって,明確な計画を持たずに「使える期限までXPを使い続ける」と成り行きまかせにしていると,XPと心中することにもなりかねない。

選択肢は1つじゃなくなった

 このような状況だからこそ,OSの移行について少し落ち着いて考えてほしい。「時間が解決してくれるさ」と,OS移行に向けての課題を先送りするのではなく,計画的なOS移行策を練っておくのがベストだ。取材した企業の中でも,事前準備をしっかりとしていた企業がいた。例えば,清水建設は綿密なOS移行の計画を持っていたため,慌てることなくVistaへの移行をスタートできたという。

 ただ,1つだけ注意したいことがある。それは,パソコン以外の選択肢がここ最近急速に増えていることだ。例えば,個人情報保護法の施行や内部統制といった法的要素で,シンクライアントの導入を検討事項に挙げる企業は多いだろう。また,外回りや立ち仕事の多い業務部門を抱える企業は,ノート・パソコンの代わりに台頭してきたスマートフォンの動向にも注意が必要だ。米グーグルが発表した携帯電話向けのソフトウエア・プラットフォーム「Android」は,Ajaxなどのリッチクライアント技術を活用することで,企業内の次世代端末に大化けする可能性を秘めている。

 こうした新しい端末の姿は2~3年先には見えてくるだろう。その時に慌ててクライアントを選び直すことがないように,XP以降のシナリオをしっかりと描いておきたいものだ。

 日経コンピュータ4月1日号の特集「XPの“次”はVistaか?」では,Windows XPからVistaへの移行タイミングや将来の選択肢など,企業にとって最善の移行シナリオをまとめた。他の企業がどのようにOSの移行を考えて戦略を練っているのかも事例として取り上げているので,是非参考にしてほしい。