「18歳未満の未成年ユーザーは有害サイト・フィルタリング・サービスに原則として加入」――2008年2月に携帯電話とPHSの新規契約者を対象に始まった,有害サイトを子供に見せなくするためのフィルタリング・サービスが大いなる物議をかもしている。昨年11月の総務大臣要請に端を発する「原則として加入するフィルタリング・サービス」にまつわる騒動は,今でもテレビや新聞による報道がやまない。総務省や関連団体の検討会に加え,セミナーやシンポジウムも毎週のように開かれ,侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が続いている。

 携帯電話やPHSのフィルリングのしくみは実に単純であり,「子供に見せたくないサイトを確実にブロックする」という効果は確かなもの。それなのに,なぜこんなに話が複雑でわかりにくくなっているのか。そこで,一連のフィルタリング騒動を“ろ過”してみようと思い立った。ここでは事業者への取材や検討会への参加を通じて見えてきた,フィルタリング・サービスの実像を紹介したい。

親権者への意思確認が徹底できるか

 まず,フィルタリング・サービスに「原則として加入する」という点について押さえておきたい。これは18歳未満の未成年が携帯電話あるいはPHSを新規に契約する際,親権者たる母親か父親が「フィルタリング・サービスに加入しません」と明確に意思表示しない限り,自動的にフィルタリングがかかってしまうというものだ。意思表示は必ず求められるため,「強制的に加入させられる」とか「加入が義務付けられた」という認識は正しくない。いったん加入してもいつでもやめることができるし,後で述べるホワイトリスト方式からブラックリスト方式(あるいはその逆)へ変更することもできる。

 ただ,この「明確な意思表示」がくせもの。フィルタリング・サービスを「知らない」「わかならい」親権者が,そんな状況で明確な意思表示を求められても困ってしまうだろう。それでも新規契約時なら窓口で直接説明を受けられるからまだいい。厳しいのは既存の携帯電話ユーザーも18歳未満の未成年なら「原則として加入」が今夏から一律に適用されることだ(PHS事業者のウィルコムはあくまで告知にとどめて自動的にフィルタリングをかけるようなことをしない)。既存ユーザーへの適用は,KDDI(au)とソフトバンクモバイルが2008年6月から,NTTドコモが同8月からを予定している。

 もちろん携帯電話事業者各社は,実施までに請求書同封物やダイレクト・メール,SMS(ショート・メッセージ・サービス),ホームページなどで周知を徹底するという。ただし,それでも気づかなかったり理解できなかったしたユーザーにとっては,「原則として加入」は強制加入にまったく等しいのではないだろうか。ある日を境に,有料のサイトに突然アクセスできなくなったり,ブログなどで自分のデータがすべて消えてしまったりする可能性があるわけだから,ユーザーが失うものは決して小さくはない。

 それでも事業者は,認知率や理解度の高まりを待つのではなく,既存ユーザーへの適用時期を既に決めている。このような社会的に大きな影響力のあるしくみを一律に導入するには,このやり方とスケジュールはあまりに一方的で急ぎ過ぎにみえる。なぜ,こうなってしまったのか。

すべてを事業者が行う携帯電話フィルタリングのしくみ

 そもそも,未成年ユーザーはフィルタリング・サービスに原則として加入してもらうというのは,総務省の要請に応える形で,事業者各社が実施に踏み切ったもの。携帯電話の出会い系サイトで未成年が性犯罪に巻き込まれる事件が後を絶たないからだ。そこで,未成年にとって有害と考えられるサイトを見られなくするよう総務大臣が事業者各社のトップに要請した。これが昨年末のことである。

 とはいえ,「これが有害サイトだ」という明確な定義ができたわけではない。例えば出会い系サイトとソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)サイトの間に,はっきりとした線を引くことはできない。そこで,どうフィルタリングするかについては事実上,事業者各社に任される格好になった。

 年が明けた1月。事業者各社が発表したフィルタリング・サービスの内容に各方面から“意義あり”が噴出した。その多くが,今のフィルタリング・サービスのシステムがあまりに画一的で自由度がないことによるものだった。それではここで携帯電話のフィルタリングのしくみを見てみよう。

 携帯電話のフィルタリングは,事業者のゲートウエイ・サーバーで実行する。このとき,サイトのURLをカテゴリに分類した「URLリスト」と,どのカテゴリのサイトをブロックするかを決めた「ルールブック」を使う。

 携帯電話機のブラウザからサイトのURLがゲートウエイ・サーバーに送られてくると,ゲートウエイ・サーバーはURLリストと照合して,そのサイトがどのカテゴリに属するかを調べる。次にルールブックを見て,そのカテゴリが閲覧可能ならURLを通し,閲覧不可ならブロックする。これがブラックリスト方式と呼ばれるしくみである。

携帯電話独特のブラックリストとホワイトリスト

 ブラックリストというと,ITpro読者の皆さんなら迷惑メール対策のURLフィルタリングを思い浮かべるかもしれない。ただし,迷惑メール対策ではアクセスの可否はサイトそのもの,すなわちURLごとに判断する。これに対し,携帯電話ではそのURLが属するカテゴリ単位でアクセスの可否が決まる。このため携帯電話のフィルタリングは,URLフィルタリングではなく,「カテゴリ・フィルタリング」とする方が誤解がないかもしれない。

 携帯電話のブラックリスト方式で問題となっているのは,カテゴリが「コミュニティ」に分類されるサイトだ。すべての事業者のフィルタリング・サービスで,コミュニティは閲覧できないカテゴリとしてルールブックに登録されている。出会い系サイトがこのコミュニティに分類されるためだ。ただし,どこからが出会い系サイトかという線引きはできないため,現在は書き込みができるサイトはすべてコミュニティに分類されている。このため掲示板やブログ,SNSはもちろんのこと,掲示板の機能を備えるゲーム・サイトや学習塾のサイトなどがフィルタリングによってアクセスできなくなる。

 携帯電話のフィルタリングはブラックリスト方式のサービスだけではない。もう一つ,ホワイトリスト方式がある。事業者各社は両方式のフィルタリング・サービスを提供している。

 NTTドコモとKDDIのユーザーが原則として加入するのはホワイトリスト方式のサービスである。このホワイトリスト方式も,迷惑メール対策やパソコンのWebフィルタリングのホワイトリストをご存知の方は面食らうかもしれない。携帯電話のホワイトリストは,ほぼ「公式サイト」なのだ(ただし公式サイトの中でもギャンブルなど未成年に見せたくないカテゴリに属するサイトは閲覧できなくしている)。ホワイトリストを公式サイトに限定した理由をKDDIは「公式サイトなら誰が作っているかわかるので管理が行き届く」と説明する。一方で,いわゆる勝手サイトはホワイトリスト方式ではすべてアクセスできなくなる。

 このように,ブラックリストにしろホワイトリストにしろ現在のフィルタリング・サービスでは,「見せる」「見せない」の基準を携帯電話事業者が決めている。迷惑メール対策やパソコンのWeb閲覧制限とは違って,ユーザー個別の基準設定ができないシステムになっている。

 携帯電話のフィルタリング・サービスでも,技術的にはユーザー個別の設定をできるようにすることは可能だ。事業者側でルールブックをユーザーごとに用意するというやり方が考えられるし,ユーザー側から見せてもいいサイトや見せたくないサイトのURLを例外リストとして登録できるようにすればいいわけだ。

 ただし,個別の設定をできるようにするには,事業者側にかなりの設備コストが発生する。このため,事業者はこれまで自主的な動きを見せなかった。当然,これをよしとせず,改善しようという動きが周囲から出てきた。

総務省と第三者機関が動き出す

 現在のフィルタリング・システムを改善しようとする動きは大きく二つある。一つは総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」である。もう一つは業界団体のMCF(モバイル・コンテンツ・フォーラム)による第三者機関「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構」設立へ向けた動きである。この二つの動きは独立したものではなく,座長をはじめ参加者もかなり重複している。いずれも昨年末にスタートしたが,最近の会合や委員会で具体策の検討に入りつつある。

 総務省は2月27日の第4回会合で「中間取りまとめ骨子に盛り込む要素(案)」を発表した。4月5日の第5回会合で骨子案を示し,4月25日に中間取りまとめを公開する予定という。平たく言えば,「今のしくみではダメだから具体的な改善策を示す」ということになったのだ。この検討会には携帯電話/PHS事業者各社が参加して意見を述べているため,中間取りまとめの内容はかなり実現可能性の高いものになる。

 要素としては,1)ユーザー個別の選択可能性,2)ホワイトリスト/ブラックリストの評価,3)優良なコンテンツの基準を策定する第三者機関の必要性――を挙げている。

 1)のユーザー個別の選択可能性について,NTTドコモは「カスタマイズを検討する方向」と同意する。マイホワイトリストと呼ぶ機能で,親権者が安全と判断したサイトを指定することで,閲覧可能にできる機能を検討している。

 2)のホワイトリストとブラックリストの評価については,総務省からの検討項目として,ブラックリストにした場合の「キャリアの責任範囲」や「ユーザーへの周知内容や期間」などを挙げており,ホワイトリストよりも重点を置いたものになっている。これを受けて一部報道では「総務省はブラックリストを推す」とされたわけだが,今のところ「原則として加入するのはブラックリスト方式のフィリタリング・サービス」の方向で進む可能性が高い。