2010年サッカー・ワールドカップ,ネルソン・マンデラ氏,犯罪率世界一--。「南アフリカ共和国」と聞いて,何を思い浮かべるだろうか。

 日本のIT業界とは無縁とも思われる遠く離れたこの国で,2008年1月に注目すべき動きがあった。南ア最大の都市ヨハネスブルグから,欧州拠点のシステムの技術サポートを始めた日本企業が現れたのだ。4月からは欧州のサーバーの遠隔運用も始めるという。

 ヨハネスブルグにはどんな技術者が働いているのか。ITインフラは整備されているのか。日本企業のニーズを満たすサービスを提供できるのか。記者はさっそく現地に向かった。

停電地帯をくぐり抜け到着

 日本から南アへの直行便はない。新東京国際空港を夕方に発ち,シンガポールで乗り継いで,翌朝にヨハネスブルグのO.R.タンボ国際空港に到着した。日本を離れて19時間である。空港を一歩出ると,BMWやメルセデス・ベンツなど欧州車がたくさん走っているのが目に付く。

 空港から市内中心部に向かって車で10分も走ると,渋滞に巻き込まれた。信号機はあるが作動しておらず,なぜか警官が交通整理をしている。「停電です。毎日のことです。経済発展にインフラ整備が追いつかず,電力不足が常態化しているのです」。運転手が説明してくれた。停電が通勤時間に重なると,信号機が動かなくなり渋滞を引き起こす。

 ノロノロ運転を続けること1時間半。近代的なビジネス街が姿を現した。その一角に目的地が見えてきた。IBMのグローバル・デリバリセンターである。ヨハネスブルグでは凶悪犯罪が多発しているだけに,警備は厳重だ。どこのオフィスも2メートルを超えるフェンスに囲まれ,入り口には複数の警備員が立つ。セキュリティ・チェックを通り過ぎると,ようやく目的地にたどり着いた。

6カ国語を操りサーバー5000台とパソコン3万台をサポート

 出迎えてくれた南アIBMのグローバル・テクノロジ・サービス担当のテト・ナヤシ ゼネラル・マネジャは,「ここには1500人の技術者が従事しており,顧客は350社に上る。国内向けは10%だけ。残りはすべて欧州向けだ」と説明する。「オランダの金融大手ABNアムロが最大の顧客で,常時400人が同社の仕事に従事している」と続ける。

 「ここが日本企業向けのチームだ」と紹介された先を見ると,20~30代前半の若手技術者7人が,電話を受けながら英語やイタリア語など6カ国語を操り,ヘルプデスク業務をこなしている。チーム・リーダーは,仕事の内容を次のように説明してくれた。「我々の顧客はオムロンです。同社が欧州とアジアの一部で使うサーバー5000台とパソコン3万台の技術サポートを担当しています」。

 ナヤシGMは解説を始めた。「欧州との歴史的なつながりから,南アには英語やオランダ語,スペイン語,イタリア語,ドイツ語などを話す技術者がいる。欧州との時差が小さいという地の利を生かして,顧客とリアルタイムに話す機会が多い運用とサポートを提供している」。ヨハネスブルグには証券取引所があるなど金融業が発展しており,「アフリカにしては珍しく,メインフレームや大型サーバーを使った大規模システムの構築や運用の経験者が調達できる」。

 南アの人口は5400万人強と日本の半分以下だ。技術者の動員力は,それほどでもないはずだ。こう質問するとナヤシGMは「その通り。急な増員が必要な開発業務は手がけていない。サポートや運用に提供サービスを絞っている」と答える。

SLAさえ決めればサービスの提供場所は問わない時代に

 ヨハネスブルグにもITサービスを提供する力があることは分かった。だが,そもそもオムロンはなぜヨハネスブルグを選んだのか。帰国後,京都のオムロン本社で疑問をぶつけた。すると,オムロンのシステム子会社であるオムロン ネットワークアプリケーションズ(ONA)の竹内拓二 常務取締役IT基盤改革部長は,「IBMの提案がきっかけだった。契約で決めたサービスレベルさえ守ってくれれば,サービス拠点にはこだわらなかった」と明かした。

 ではなぜ,IBMはオムロンにヨハネスブルグの活用を提案したのか。IBMは,インド,中国,南米,アフリカなど,世界各地に所有する自社のリソースを組み合わせて,顧客のニーズにかなうサービスを提供することを目指している。例えば日本IBMなら,「日本の顧客に,ベストなリソースとサービスを最適なコストで届けるのがミッションだ」(大歳卓麻社長)。ヨハネスブルグの活用は,こうした方針に基づいた提案なのである。

 「提供するサポートや運用などのサービスレベルは,グローバルで統一した基準に基づいて決めている」(南アIBMのナヤシGM)。顧客企業は,例えばヨハネスブルグとインドに任せた業務のサービスレベルをそろえることができるのだ。要員がどこで働いているのかを気にする必要もない。

“鎖国”を続けるのはもう限界

 IBMだけではない。アクセンチュアや,さらにはタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS),インフォシス・テクノロジーズといったインドの大手ベンダーも,世界中にサービス拠点を設け,グローバルでサービスを提供できることを売りにしている。

 これらのベンダーの提案に価値を見出し,国境を越えて最適なリソースを最適な場所からダイナミックに調達する「グローバル・ソーシング」に踏み出す日本企業が増えている。発注先は中国やインドに加えて南アやフィリピン,ベトナムなどに拡大。開発だけでなく,要件定義から保守・運用まで,委託する業務の幅も広がっている。

 ソニーや東芝,日産自動車など,日本を代表するグローバル企業はもちろん,流通,保険,銀行といった国内市場中心の企業までが動き始めた。海外拠点のガバナンス強化,機動的なリソースの調達,先進的なパッケージの導入ノウハウ獲得など,国内にしか拠点を持たない「日の丸ベンダー」には対応できないニーズが大きくなっているからだ。

 言葉の壁もあり,日本企業はグローバル・ソーシングで出遅れた。だが,企業がITで競争力を高めるには,IT部門の目利き力が不可欠だ。“鎖国”を続けるのは限界にきている。海外リソースの力を取り込めるかどうかは,IT部門がフラット化する世界に目を向けられるかどうかにかかっている。こうした動きに興味をお持ちの方は,日経コンピュータ3月1日号の特集「IT鎖国の終焉 グローバル・ソーシングの幕開け」も併せてお読みいただきたい。