これからの時代、社長には躍動する能力が求められる。それも全世界に向けて、理論的には永遠にである。実際、ジョナサン・シュワルツ、ラリー・エリソン、スティーブ・バルマーといった世界を代表するIT企業のトップは、ネットの上で今日も躍り続けている。

 直近の例を挙げよう。2008年1月16日(米国時間)、米サン・マイクロシステムズはオープンソース・ソフトのデータベース・ソフト「MySQL」の開発元であるスウェーデンのMySQLを、約10億ドルで買収すると発表した。この買収に関して、同社のジョナサン・シュワルツ社長兼CEO(最高経営責任者)がMySQLのCEOと共同で発表に臨んだ時の姿がそうだ。

 トレードマークの後ろで束ねた長髪こそいつもと同じものの、洗いざらしたジーンズにカジュアルなシャツという姿でシュワルツ氏は登場。サンの本社と思われる一角のテーブルに、MySQLのCEOと同社の幹部2人と腰掛け、楽しそうに買収の意味について語るのだ。

 動画の最後、してやったりと言わんばかりの表情でサンのロゴの前に立つシュワルツ氏のなんと魅力的なことか(この会見の模様はサンのWebサイトで見ることができる。リンク先はこちら)。

笑い、語り、踊るトップたち

 聴衆に対するエンターテナーぶりを強く感じたのは2007年11月、米国サンフランシスコで開かれたオラクルのOracle OpenWorld 2007でのラリー・エリソンCEOのキーノート・スピーチである。練りに練ったと思われる台本を手にしたエリソン氏は、1時間弱にわたって、創立30周年を迎えたオラクルの歴史を語る。スピーチの内容もユーモアたっぷりなものだ。

 自分が参加したCIAのプロジェクト名からOracleという名前を取ったことを話した後、「マーケティングの専門家ではない自分が知っている名前はこれしかなかった」と加える。それからまた最初に商品化したオラクルのデータベースはバージョン2だったと告げ、「だれがデータベースのような製品でバージョン1を買うのか」という。こんな感じである。

 ただ面白いだけではない。30年以上にわたってIT業界で働いてきたエリソン氏の言葉は、IT業界に関心のある人間にとって有益な内容にも満ちている。その実際の様子は、こちらで「Sunday, November 11」と書いてある部分から確認できる。

 念の入ったことに、キーノートの冒頭には、米国の超長寿・人気バラエティである「サタデー・ナイトライブ」のレギュラー経験者を招いた短いスケッチ付きである。PeopleSoftと書いた紙のボードを見た偽エリソンが「Got it(手に入れたよ)」と話すところから始まるスケッチは、思わずニヤリとさせられる出来になっている。

 米マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOのプレゼンテーションやスピーチは、肉体を躍らせるような迫力に満ちている。本当に踊っているように見えることすらある。

 「Developers(開発者たちよ)」という言葉を連呼しながらのプレゼンテーションはバルマーCEOの十八番のようで、動画共有サイトのYouTubeなどで、バルマー氏の躍る姿がいくつも投稿されている。YouTubeの隠れた人気コンテンツではないかとさえ思う。

 著作権の問題を完全にクリアしているのかどうか不明なので、YouTubeから直接のリンクは避ける。バルマー氏の躍動ぶりの一端を示す動画をマイクロソフト日本法人が公開している。07年11月にバルマーCEOが来日して出席した同社主催のパートナー向けイベントでの様子を公開したものだ。この動画の中でも、バルマーCEOは腕を降りながら3度、「Developers」を繰り返してスピーチを終了させている(こちらで、「最後にバルマーからすべての開発者に向けてメッセージ」という部分をクリックしてください)。

躍る社長は企業のアイコン

 バルマー、エリソン、シュワルツの3人のトップはいずれもタレントではない。世界に冠たる大企業のトップである。だが3人が躍動する姿からは、単なる経営者という言葉では表現できないサービス精神を感じる。

 しかも躍動しているのは、企業としての公式のイベントだ。例えばサンの場合は、1000億円超を投じた企業の買収発表である。ネットで公開している以上、顧客や取引先、投資家を含め、だれの目に止まるか分からないことを承知の上でやっているのだ。しかも公開の終了期限があるわけではない。永遠に公開されている可能性すらある。

 はっきり言って、こういったトップの姿に記者は好感を覚える。サンもオラクルもマイクロソフトも直接の取材対象だが、躍動するトップの姿を見ることで企業全体に対する印象も良くなっている。

 果たして日本ではどうだろうか。最近は国内でも大型の企業買収が増えているが、シュワルツCEOのような型破りな発表を見た記憶はない。ほとんどの場合、スーツ姿の社長がやや緊張した面持ちで握手するだけである。

 国内の事例が悪いわけではない。ただ個性に欠ける社長の振る舞いは人を惹き付けるものとは言い難い。

 3人のトップからは、人間としての経営者が、企業のイメージを変える力を持っていることを再認識させられる。商品やサービス、ロゴはそれ自体が言葉を話すことはない。広告や各種の情報も生きているトップの動きや言葉の力は強い。

「チープ・キャスティング」の時代を示す

 もう1つ感じるのは時代の変化だ。記者は3人のトップの姿について記したが、いずれの出来事も直接は目にしていない。インターネットを通じて見たものだ。

 1990年代であれば、社長が躍ったとしても簡単には気づくことはなかっただろう。そもそも思う存分、躍ろうとしても見せる舞台がなかった。スペースの限られている雑誌や新聞やテレビのニュースでは、社長が躍っても十分に取り上げるスペースがなかったといえるかもしれない。

 だが時代は変わった。企業が自分たちの望む動画を、世界中に思う通り公開できる時代が到来したのだ。

 放送のことを英語でブロードキャスティングという。一昔前には現在のテレビと異なり、特定の人間に対象を絞った「ナローキャスティング」と呼ばれる放送に関心が集まった。

 現在、ネットが可能にしているのは「チープキャスティング」とでも呼ぶべき放送の形態ではないだろうか。ネットを利用することで、動画を世界に公開するためのコストは圧倒的に安くなった。

 チープキャスティングの世界を利用しない手はない。たとえ自社でWeb放送のインフラを用意できなくても、YouTubeのようなサービスがある。YouTubeを所有する米グーグルは積極的に自社に関する情報をYouTube上に公開している。企業活動のさまざまな面に動画を利用しているのだ。

 最後に1つ、お尋ねしたい。御社のトップは自らの企業の価値を向上させるため、世界に向けて躍っているだろうか?