台湾ASUSTeK Computer社の低価格ノート・パソコン「Eee PC」(写真1)が2008年1月25日に出荷開始された。海外では,2007年10月から2007年末までに既に35万台を販売済み。国内でも,同社によると,1万台といわれる初期ロットが,わずか3日で完売した。

写真1●Eee PCの国内モデル。価格は4万9800円。人気が高く,なかなか手に入らない
写真1●Eee PCの国内モデル。価格は4万9800円。人気が高く,なかなか手に入らない [画像のクリックで拡大表示]

 2月上旬時点で,通販Webサイトに軒並み在庫は無い。店頭販売では,数台の在庫があるという情報がニュースになったり,その在庫を求めて遠方から飛行機に乗って買いに行くといった投稿が,ネットの掲示板に上がるほどである。

 Eee PCの概要などについては,過去記事にまかせるとして(関連記事一覧),ここではEee PCにまつわる次の3つの疑問に対して,その答えを,取材で分かったことや記者の考えを織り交ぜながら,明らかにしようと思う。

■日本だけなぜWindows版で発売されたのか?
■正式発表前に販売するサイトがなぜ登場したのか?
■ウワサのテレビ付きEee PCは国内発売されるのか?

 なお,以下に書く内容は,記者が取材で得た情報がベースとなっている。ASUSTeKの公式コメントとは一致しない部分がある。特に将来の話については大きく変わる可能性もあることを了承願いたい。

■日本だけなぜWindows版で発売されたのか?

 海外で販売されているEee PCは,(2008年2月上旬時点で)カナダXandros社が開発したLinux OS「Xandros」を搭載している。正確には,Xandrosをベースに,ASUSTeKとXandros社が共同で開発したオリジナルOSである。一方,Eee PCの国内モデルは,Windows XP Home Editionの正規版を採用している。

 なぜ日本だけLinuxでなく,Windowsの正規版になったのか。この選択には,大きな疑問が残る。まず,海外と比べて,Windowsのライセンス分,ユーザーは割高で購入させられる可能性がある。さらに,ディスク装置の容量にも不安が生じる。ところが,国内モデルでは,この2つの懸念は偶然にも解消されているのである。

国内で名を売るためのEee PC

 ASUSTeKは,世界最大のマザーボード・メーカーである。そのシェアは,PCの3台のうち1台は同社のマザーボードが採用されているといわれているほどである。国内では,PCを自作するユーザー向けに同社のマザーボードが10年以上も前から単体販売されている。そのシェアもトップである。

 実は,PCメーカーとしても実績はある。国内で自社ブランドのPCを発売したのは,2006年11月のノートPCが最初だが,過去に複数の国内メーカーに対してノートPCをOEM供給していた。例えば,2002年に発売された日本ビクターの「Inter Link XP」がそうだ。Windows XPを搭載した小型のノート・パソコンとして人気が高かった。

 にもかかわらず,PCメーカーとしての知名度は低い。特にPC自作ブームが下火になった今では,若い世代や主婦層で知る人は少ないだろう。国内では,PCメーカーとしては“新参者”と言ってよいだろう。

最初はLinux版になるはずだった

 ASUSTeKがEee PCを自社ブランドで国内投入することを決めたのも,知名度を上げるためである。しかし,同社は,海外で販売されているモデルをそのまま日本で販売しても,成功できないと考えたようだ。

 キーボードを日本語版に変更するだけではなく,バッテリーや液晶も,海外モデルより信頼性が高いものを採用した。液晶にドット抜け(輝点)があった場合,無償で交換するサービスが付くのは国内だけだ。

 これに加えて,当初は,Linuxを日本語化して搭載することを目論んでいた。Windowsでは2次記憶装置の容量に不安が生じるからだ。Eee PCの2次記憶装置にはSSD(Solid State Drive)を採用しており,海外で販売しているモデルは4Gバイトと容量が小さい。通常のパソコンで使われるWindows XP Home Editionを導入すると,容量のほとんどをOSが占めてしまう。

 8Gバイトに増加させる手もあったが,それでは“低価格”というインパクトが薄れてしまう。そのため,国内モデルも海外と同じXandrosベースのLinux版が投入される予定だった。

 2007年11月26日,Eee PCの輸入販売代理店であるユニティの親会社MCJは,2008年度の中間決算説明会の資料で,下期に取り扱う主力製品の1つとして「超低価格NOTEPC(3万円台)」を写真付きで挙げている。この3万円台のノートPCこそが,写真や価格から判断すると,Linuxを採用したEee PCだと思われる。

 ところがASUSTeKは,2007年11月から急に,Linux版ではなく,Windows版を国内投入することを検討し始めた。

 これには,米Microsoft社の動きを無視するわけにはいかない。Linuxを搭載したEee PCが海外で大ヒットを飛ばし始めた2007年12月4日,Microsoftが突然,SSDを採用したPC向けに低容量のWindows XPを開発すると発表したのだ。

 発表資料の中では,対象となるPCは「Eee PC」,NPO団体「OLPC(One Laptop Per Child)」が開発するノート・パソコン「XO」,米Intel社が開発するノート・パソコン「Classmate PC」となっている。

 Eee PCの国内販売の関係者が,Linuxの採用を取りやめる理由として「国内ユーザーは,Linuxを使うのに抵抗があるから」(ASUSTeKセール&マーケティング事業部マネージングディレクター,社啓宇氏)と説明し始めたのもこのころである。これ以来,Eee PCの国内モデルは,Windowsマシンとなったのだ。

Windows採用が安くなった要因

 Windows版だと,そのライセンス分くらいは,海外モデルに比べて高くなってしまう。OSのリテール価格を考えたら,100ドル近いだろう。

 そんな懸念を払拭するようなニュースが海外メディアに流れた。「Eee PCに対するライセンス料は40ドル前後」。この真偽は不明だが,前述したようにカスタマイズされたWindows XPであれば,MicrosoftとしてもWindowsの普及度を上げるためにも,この額は妥当な線だろう。

 事実,ASUSTeKは2007年12月18日,Eee PCの国内モデルを「Windows XPを採用して,価格は5万円前後」と発表した。詳細なスペックは不明だが,当時の為替で考えると,海外モデルの販売価格399ドルに,40ドルを加えた金額がちょうど5万円になる。前述の社啓宇氏は,この発表時点で「Eee PCの国内モデルに,カスタマイズされたWindowsを採用する」としていた。

 ところが,話はこのままで終わらない。2008年1月10日のEee PCの正式発表では,OSが正規版のWindows XP Home Editionに変わったのだ。それも,海外モデルにない特典として,4GバイトのSDHCカードとUSBマウスが付属する。これで価格は,当初の予定通り4万9800円である。

 ASUSTeKの関係者によれば,「カスタマイズ版のWindowsは動作に問題があり,正規版に変更した」としている。

 前述したように,正規版のWindowsを搭載した現在出荷中のEee PCは,初期設定で空き容量が1Gバイト程度しかなく,システムを更新するだけで空き容量はほとんど無くなる。ASUSTeKはWebサイト上で,ディスクの内容を圧縮したり,不要なファイルを削除したりするよう呼びかけている。空き容量が少ないためのトラブルが続出しているからだ。Eee PCの出荷以降,ASUSTeKの国内サポート窓口に問い合わせられるトラブルのうち,10件のうち9件がEee PCがらみだという。

 急きょ付属することになった4GバイトのSDHCカードとUSBマウスは,ユーザーに対する迷惑料だろうか。この点について,ASUSTeKは「国内ユーザーの利便性を考えて付属させた」としかコメントしていない。

 ただし,結果として正規版のWindows XPがインストールされ,4GバイトのSDHCカードとUSBマウスが付属していながら,4万9800円という価格になったのは,かなり割安だといえるだろう。また,4GバイトのSDHCカードをうまく活用すれば,SSDの容量不足をある程度解消できる(SDHCカードの活用方法については,日経Linux 3月号特集記事を参照)。