本当に止まる,失敗する,赤字になる

 ここまで読まれた読者の皆様は「顧客に大きな迷惑をかけていない以上,システムに何らかの不具合があったにしても,政治家や新聞が論(あげつら)うのはおかしい」という私の主張を,賛成か反対かはともかく,理解はして下さると思う。しかし,私が記事を書くとシステムが止まるという件については誰一人信じてはくれないだろう。私としても,自分が災いをもたらす疫病神だとは考えたくない。だが,次に記す数々の実例がある。

 自分が疫病神ではないかと疑い始めたのは,2002年4月に起きた都市銀行のシステムトラブルに接した時からである。経営統合した4月1日,この銀行はATMの停止や口座引き落としの遅れといった事態を引き起こした。それより1年3カ月前,日経コンピュータの2001年1月1日号に,私は「3銀行のシステム統合が足踏み,2002年4月の一本化は困難に」と題した記事を書いた。同行は本格的なシステム統合を延期し,2002年4月の段階では既存行の勘定系システムを残したまま暫定的に統合する,という内容であった。難しい一本化を先送りにしてしまったから,2002年4月には何も起きないと思っていたが,現実にはトラブルが起き,テレビや新聞が一斉に報道した。

 呆れたことに,あるテレビ局から電話があり,「システムトラブルを予測したそうですね。テレビに出て,なぜ予測できたか語ってくれませんか」と依頼された。私が書いたのは一本化の延期についてであって,トラブルを予測したわけではない。テレビ出演の件は直ちに断ったが,電話を切った後,自分の書いた記事と実際のトラブルに関係があるような気がしてきたものだ。

 必死でシステムの統合に取り組んでいた銀行に対し,外から「うまくいっていない」と書いたのが良くなかったのかもしれぬ。機会があれば金融機関のシステム統合の成功を誉める記事を書かねば,と考えた。2003年になって,「りそなのシステム再編は偉業」というコラムを日経コンピュータの3月24日号に書き,りそな銀行が当時進めていたシステム再編プロジェクトが3月3日,成功裏に始まったことを絶賛した。

 この記事を実際に書いたのは3月11日であったが,なんと当該号の発行日,24日になって,りそなグループの一部ATMが停止する事態が起きた。りそなの偉業を讃えるコラムが載った号を読者が広げた時,りそなグループのATMは停まっていたわけだ。やむを得ず,4月7日号に「お知らせ」と題し,「ATMは止まったものの,勘定系本体は稼働しており,筆者はシステム再編そのものは成功裏に進んでいるとみています」という一文を追加掲載した。

 この一件で,批判しようが称揚しようが,私が原稿を書いたり,何か言うと,迷惑をかけるという厳然たる事実がはっきりした。その上で過去を振り返ると,思い当たることがかなり出てきた。ある流通業が1メーカーのメインフレームを使っていた基幹系システムを,複数メーカーのUNIXサーバーを使うマルチベンダー方式に切り替える,というニュース記事を後輩が書いてきた。一読して筆者は,「付き合うメーカーをこんなに増やすと,かえって混乱するぞ」と後輩に言った。1年ほど経って,その流通業は予想通りの事態に陥った。似た話はほかにもある。ある金融機関が,シングルベンダーからマルチベンダー,メインフレームからUNIXサーバーへと,先の流通業と同じようなシステム刷新計画を立てた時も「これはとてもじゃないけれど動かないね」と口を滑らせたため,やはりその金融機関に申し訳ない結果になってしまった。

 余計なことを書いたり,言ったりしなければいいわけだが,記事を書かないわけにはいかない。それが記者の仕事だからである。自分が疫病神であろうと気付いてから,しばらく経ったとき,「具体的なシステムを特定しなければ悪影響を及ぼさないのではないか」とひらめいた。早速,ある製造業の情報システム部門が業務アプリケーションの大半を内製していることを絶賛するコラムを書いた。製造業は沢山のシステムを抱えているから,それらすべてを停止させることは到底できまい,と安心していた。

 コラムが掲載された雑誌をその製造業に送り,それからシステム部長に電話をかけて聞いた。「私が誉めると妙なことが起きるのです。その後,御社のシステムに問題はありませんよね」。その部長は答えた。「システムは順調です。ただし,経営については問題大ありで,今期,上場来初の赤字に転落します」。恐るべし,私の原稿は,企業そのものにまで不幸をもたらすのである。その後,筆者は日経ビズテックという外部寄稿中心の雑誌を作る仕事を始め,以前ほど原稿を自分で書かなくなった。だが,2006年から日経コンピュータの仕事に戻され,今回,またしてもやってしまった。

 ここまで書いて気が付いた。記者の眼というコラムを書いた以上,ゆうちょ銀行,あるいはここに名前を出した企業にまた迷惑がかかるのではないか。それだけは避けたい。「うまく行かないのではないか」と言ったことはあっても「あのシステムが止まればいい」と念じたことは一度もないが,今回だけはあえて祈ることにする。私の原稿を読んでシステムを止めている神か悪魔にお願いする。今回はゆうちょ銀行あるいは各社のシステムではなく,金融担当相,金融庁長官,総務相の携帯電話を故障させて欲しい。お三方には申し訳ないが,企業情報システムをこれ以上止めない「再発防止策」として協力頂きたい。