「客先を訪問すると、先方のパソコンを拭きながら営業する」「顧客が本社を訪れると、全社員が一列になって出迎える」――そんなSIerがあると聞き、この夏、山形市を訪れた。噂の会社は、社員数55人、売上8億8100万円の中小SIer。独特の営業スタイルは、社長の信念を体現したものだった。

 就業時間は8時30分~17時30分まで。しかし、社員はそれより早く出社して本社ビルの前に集合する。8時25分、集合した社員は輪を作り、そこでラジオ体操を始める。それが済むと8時30分に全体朝礼を開始。まずは社長を筆頭に全社員の出欠を確認し、次いで前日の売上や目標達成率などの実績、その日の来客予定、前日受けたクレームなどを20分かけて報告する。その後の10分間で部門別の朝礼を実施し、社員は9時から仕事を始める。

 さらに、月に1回の頻度で「環境整備の日」を設けている。環境整備の日には、全社員が通常の出勤時間より1時間早い7時30分に出社。朝礼までの1時間をかけて、窓拭きや本社ビル周辺の草むしり、18台ある営業車両の洗車といった社内清掃を実施する。ちなみに、トイレ掃除など日々の社内清掃も、社員が交代で担当している。

 同社ではグループウエアを導入しており、朝礼で報告する内容はすべてグループウエアで確認できる。それでも同社が朝礼や環境整備の日の実施にこだわるのには、二つのわけがある。

 一つは、創業者である社長が、「技術や知識、ノウハウを身に付けることも大切だが、まずは人間として立派であることが先」という信念を持っているからだ。朝礼や早朝の清掃活動は、モラルやマナー、礼儀、礼節、あいさつといった作法の大切さを、社員に浸透させる狙いがある。

 二つめも「立派でいい会社を作るため」という社長の信念に基づくもの。社長は、「会社は株主だけのものではない」と言う。本当に会社を育てているのは社員自身。彼らこそが、他の社員と協力して会社を作り上げていかなければ、本当の意味で「立派でいい会社」には育たない。全社員が毎朝決まった時間に集合し、同じことに取り組むことで、社員に連帯感を生み、協調性やコミュニケーションの大切さを気付かせる。

「株主重視」や「成果主義」の副作用を解決するヒントに

 ここ数年の経営スタイルの潮流を象徴するキーワードとして、「株主重視」や「成果主義」が挙げられるだろう。これらキーワードを実践してきた企業から見ると、上で紹介した会社の取り組みはいささか古臭く、ややもすると鬱陶しく感じてしまうかもしれない。実際、年間2~3人ほどが、「考え方が合わない」と同社を去っていく。

 しかし、ここにきて「株主重視」や「成果主義」の副作用も表面化している。最たる例が、閉塞感にさいなまれて“心の病”にかかる社員が急増していることだ。その瞬間の数字だけで社員を評価するのではなく、人間としての成長を促す同社のような取り組みが、解決のヒントにはならないだろうか。

 とは言え、山形のSIerの取り組みは地方の中小企業だからこそ徹底できる部分もある。数千人の社員を抱え、全国に拠点を張り巡らせている大手SIerが、全社員を毎朝、本社に集めて朝礼をするのは、まず無理。それでも何らかの方法で実践できれば、そこから新たな社風が生まれ、社員に活力を与える大きなきっかけとなる可能性はある。

 創業15周年の節目を迎えた同社は現在「第二の創業、原点に帰る」をスローガンに、仙台市、郡山市など山形県外に新たな拠点を開設し始めた。交通の便に恵まれて、今はまだ山形市内からの通勤圏内にあるが、いずれは東京にも進出したい考え。同社の場合、ラジオ体操は社員からの提案で始めたという経緯がある。社長の信念は、既に社風として定着しているのかもしれない。