ここ数カ月の間に,政府のWebサイトから相次いで“人気コンテンツ”が出現した。

 まずは社会保険庁である。「社会保険庁サイトの利用者数が,官公庁トップの225万人に」――インターネット視聴率の調査会社,ネットレイティングスは,7月にこんなデータを発表した。年金記録問題が社会問題化し,社保庁サイトへのアクセスが急増したのである。

 ネットレイティングスの発表によると,中でも最もアクセスが多かったページは「年金加入記録照会・年金見込額試算」で97.4万人。次いで年金個人情報提供サービス(ユーザーID,パスワード申請)が87.2万人だった(いずれも2007年6月の月間利用者数)。利用者の年齢層を見てみると,40歳代以上の利用が68.9%を占めており,インターネット利用者全体で見た40代以上の年齢構成比(46.8%)を大きく上回った。

 もう一つの“人気コンテンツ”は,8月に財務省が公開した「借金時計」である。アクセスが集中し,その日のうちに情報提供を一時的に休止するほどの人気を呼んだ。「借金時計」とは,国と地方の長期債務残高が1秒間に19万円のペースで増える様子をWebサイトでビジュアルに見せようというコンテンツだ。

 社保庁の場合,ずさんな業務実態が明らかになったためアクセスが集中したわけだが,そうしたことがなければ,「年金加入記録照会・年金見込額試算」はおそらく「便利なサービス」として好意的に迎えられたのではないだろうか。

 財務省の「借金時計」は,現在も一時休止中のままで復活時期は未定とのことだ。休止後の対応の遅さに不満は残るし,コンテンツのアイデアも財部誠一氏による有名な先行事例があり目新しいものではない。だが,行政が持っている情報(しかもポジティブとは言えない情報)を分かりやすく提示したという点においては,評価できるのではないか。

社保庁と財務省の例が示すネット情報提供の方向性

 この2つの事例は,行政機関が持つ膨大な情報を整理し分かりやすく提示できれば,関心を示す人は多いということを示唆している。そして,個人向けの電子政府サービスのあり方について,二つの方向性を示している。一つは,社保庁の「年金加入記録照会・年金見込額試算」のような,個人が自分に関しての情報を知るための情報提供だ。もう一つは「借金時計」のような,分かりやすい情報開示を目指すものである。

 では,それぞれの方向性で,どんな情報提供ができるだろうか。これまでの取材を通じて知り得た事例から考えてみた。

 まず思い浮かんだのは,社保庁の「年金加入記録照会・年金見込額試算」や国税庁の「確定申告書等作成コーナー」,前橋市豊橋市などいくつかの自治体がWebサイト上で提供している「税額シミュレーション」のような,一定の条件を入力すると知りたい情報を得ることができるシミュレーション型の情報提供である。こうした形での情報提供を,他の行政サービスでもできないだろうか。

 ここで連想したのが,「インテリジェント型総合窓口サービス」である。総務省の外郭団体である全国地域情報化推進協会による「ユビキタスネット社会における新たな地域ICTサービスの実現に関する調査事業」として,2006年度に採択されたものだ。このサービスの考え方をネットで個人向けに展開できれば,相当便利になるはずだ。

 これまでの自治体の総合窓口は,利用者が申請した手続きに対応するだけだった。「そうではなく,窓口に来た住民にこちらから,市役所にどんなサービスがあるのか,何を申請すべきかを知らせて,その場でその人に必要な手続きをまとめて済ませられるようなサービスができないか」――調査事業のフィールドとなった埼玉県鳩ヶ谷市の望月昌樹氏は「インテリジェント総合窓口」の発想が生まれた経緯についてこう語る。

 例えば,転入で自治体の窓口に来た人がいるとする。窓口で転出証明を出してもらえば,窓口担当者は来庁者の世帯構成・年齢が分かるので,そこからいくつか関連する質問をする。すると,どのサービスが受けられるのかが分かる。また,従来の窓口サービスでは手続きをした後に審査を行うため,市民側から見ると無駄な申請作業をさせられてしまうことがあった。児童手当の申請をしたところ「所得を超過しているので児童手当は受けられない」と窓口で断られるようなケースだ。最初に窓口で本人の同意を得て所得情報を確認し,市民が手続き書類を作成する前に「児童手当が受けられない」とその場で告知できれば,サービスの向上につながる。

 今回の「インテリジェント総合窓口」はコンセプト・モデルの研究にとどまっており,鳩ヶ谷市において具体的な実現計画はない。だたし,この調査事業を請け負ったフライトシステムコンサルティングの杉山隆志氏は「転出・転入に限らず他の窓口業務でも,インテリジェント型総合窓口として機能するようなシステムを作ることはそう難しくないと思う」と語っている。

 もし自治体の窓口でこれができるのなら,ネットを介して,自分が受けることのできるサービスの情報を個々人が取得することも可能なのではないだろうか。何も申請まですべて完結できなくてもよい。入力条件に応じてどんなサービスが受けられるかを示してくれるだけでも,便利に感じる人は多いはずだ。

 情報開示という点では,電子政府先進国・韓国のソウル市江南区における事例が強烈だ。江南区長の孟延柱(メン・ジョンジュ)氏によると,江南区では課長以上の決裁文書をすべてネット上で外部に公開しているとのことである。日本の自治体もどこかで真似をしないだろうか。特に,首長が「透明性」「アカウンタビリティ」をうたっている自治体は,ぜひ参考にしてみてはどうか。自治体内の決裁フローを電子化すれば,おそらく技術的にはそう難しい話ではないはずである。

 以前から言われていたことではあるが,最近,年金記録問題に関連した形で「申請主義」(住民から申請のあったサービスのみ行うこと)の弊害について言及されることが多い。申請主義を超えた,より親切な行政サービスが求められているのである。電子政府・電子自治体の取り組みにおいてもそれは同様であることを,冒頭で紹介した2つの“人気コンテンツ”が裏打ちしていると言えるのではないだろうか。