ADSL(非対称デジタル加入者線)サービス最大手のソフトバンクBBが9月1日に始めた、ブロードバンドユーザー向けのコミュニケーションサービス「my BBコミュニケーター」。ソフトバンクはこのサービスで、同社にとっては新しい、二つの試みに取り組んでいる。

 一つ目は、my BBコミュニケーターを同社のブロードバンドサービス加入者に限定せず、プロバイダ・フリーのサービスとして広く提供したこと。二つ目は、サービスを支える情報システムを、全面的にオープンソースソフトウエア(OSS)を使って自社開発したことだ。

 二つの新しい試みは別個に浮上した話ではなく、きちんと因果関係がある。つまり「myy BBコミュニケーターは、新しいビジネスモデルへの取り組み。だからこそOSSを採用して、システム構築のスタイルを変える必要があった」と、開発を担当したソフトバンクBBシステム企画部の鶴長鎮一担当部長は説明する。

従来のシステム構築手法が通用しない

 my BBコミュニケーターは、IP電話やメール、チャット、スケジューラーなどをパッケージで提供する有料サービス。PCに専用ソフトを導入して、サービスを利用する。IP電話は、レンタルされる宅内機器を使うことで家庭用電話機でも利用できる。特徴は、ソフトフォンにも「050」で始まるIP電話番号を割り当てることだ。ブロードバンド環境があれば、どこにいても自分宛ての通話を受けられる。

 IP電話「BBフォン」やIPテレビ「BB TV」のように、これまでソフトバンクBBやグループ企業が手掛けるアプリケーションサービスは、自社の加入者に限定したものが主流だった。ソフトバンクの孫正義社長が「重箱方式」と呼ぶ手法であり、顧客単価のアップや、顧客の囲い込みなどで大きな効果を上げてきた。しかし、ADSLからNTT東西地域会社などの競合他社が強いFTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)への加入者の乗り換えが進んだことで、先のような「垂直統合」のサービスモデルは強みを失い始めている。そこで顧客単価が低くても、水平方向に幅広くユーザーを獲得するという新しいビジネスモデルを託したのがmy BBコミュニケーターである。

 鶴長部長は、サービスを支えるシステムの検討を進めるや、こうした新サービスに従来通りのシステム構築手法は向かないと判断したという。第1の理由は、当初は収入ゼロから始める新サービスであること。行く行くは大きく成長させたいが、失敗や撤退も想定すれば、まずは小さな投資から始めたい。こうしたスモールスタートを切るためには、RDBMS(リレーショナル・データベース管理システム)やWebアプリケーションサーバーなどのミドルウエア群を、ライセンス製品で固めることは避けたかった。

 第2の理由は、新サービスでは頻繁にシステムの手直しが予想されたこと。サービスを改善・洗練させていくには、システムの仕様を固定するのではなく、ユーザーの声を聞きながら逐次手直ししていくほかはない。事前にしっかりと要件を固めて、システムインテグレーターにシステム構築を発注するというスタイルは取りにくかった。

 ソフトバンクBBは、IP電話向けの「交換機」であるソフトスイッチや、数百万人の情報を扱う加入者管理システムなど、既存システムでは大量のライセンス製品を購入して、IT基盤を構築している。しかし新サービスでは、先のような判断から、OSSのRDBMS(リレーショナル・データベース管理システム)である「PostgreSQL」やJavaベースの開発フレームワーク「Seasar2」、Webアプリケーションサーバー「Tomcat」など、全面的にOSSを採用。また、システムの作り直しを想定して、システムは主に自社で開発する体制を取った。外注は、モジュール単位で開発を請け負うソフトハウスだけを活用することにした。

OSSで小さく関わり、大規模商談に結びつける

 ユーザーからシステム構築を請け負っているソリューションプロバイダにとって、この事例は悩ましい問題を提起している。スモールスタートしたい新規事業の分野では「ソリューションプロバイダの出番はあまりない」と言っているからだ。リスクを考えれば「うかつには手を出すべきでない」という考え方も取れる。

 だが、ソフトバンクBBのほかにも、新規サービスや戦略的事業を支える情報システムをOSSで構築するユーザー企業は確実に増えている。OSSを自ら使いこなせるパワーユーザーが多いが、ソリューションプロバイダが構築を請け負うケースもある。

 例えば、GMOインターネットがネット証券進出のために2005年10月に設立したGMOインターネット証券。同社が2006年4月に稼働させたオンライン証券業務システムは、OSSを全面採用して自社開発。6カ月と、従来の約3分の1の開発期間でカットオーバーを迎えた。

 EC(電子商取引)や情報提供などのWebサイト構築はOSSの浸透が早い分野だ。セブンドリーム・ドットコムは2005年に実施した自社のECサイトの刷新プロジェクトで、Webアプリケーションサーバーなど一部ミドルウエアにOSSを採用。同社の場合、システム構築は主に野村総合研究所(NRI)が請け負った。また、リクルートはモバイル版「R25.jp」を始めとする複数のWebサイトでPostgreSQLやSeasar2などのOSSを活用範囲を広げている。主に自社でシステムを開発している。

 各社が挙げる、OSSを使う理由はおおむね似通っている。「スモールスタートしたい」といったコスト削減策だ。GMOインターネット証券は、OSSを採用した理由を「他社を圧倒する最低水準の手数料と、上級ユーザーを満足させる高機能なサービスを両立させるためには、OSSが欠かせなかった」と説明する。実際に、インフラを含めた総投資額は標準モデルの約5分の1の3億円に抑制できたという。また、商用ソフトによる“ラージスタート”で採算に苦しみ、OSSに切り替えたリクルートのWebサイト「R25.jp」の場合、「ライセンス料を含め月額2000万円に上っていたコストを、OSSに切り替えて半分未満に削減。これで採算性が見えてきた」(リクルートFITインフラソリューショングループの中野猛氏)。

 注意したいのは、ユーザー企業の関心事はコスト削減ばかりではないこと。新規事業が順調に育てば、システム投資も相応に増やすと考えるユーザー企業は多い。ソフトバンクBBの鶴長担当部長は、「顧客が増えれば、RDBMSをMySQLからOracleに移行することも視野に入れている」と語る。大規模のRDBMSになれば、運用の容易さや性能などで、ディスク共有型の技術などを備えるOracleが優位になるからだ。ユーザー企業の事業規模が拡大すれば、OSS一辺倒でなく商用ソフトも組み合わせた、ITインフラの再構築商談が期待できるといえる。

 逆に、伝統的なソリューションプロバイダが得意にしてきた、会計や人事・給与といった従来の「基幹業務システム」は投資が縮小するかもしれない。この分野は、今までは多くのSI案件を生んだ沃地だった。しかし最近は、パッケージソフトの利用比率が高まり「早く、より安価に作る」という傾向が強くなっているからだ。

 景気の拡大基調が続き、ユーザー企業は新規事業への投資には積極的だ。会計や人事・給与といった伝統的な「基幹業務システム」は、パッケージソフトの利用比率が高まり「早く、より安価に作る」という傾向が強くなっている。今後は、企業が将来の成長を託した新規事業を支えるような、“新・基幹業務システム”にこそ大きな開発力が必要になる傾向は強まるのではないだろうか。確かに「最初から大きな投資はできない」と、条件が厳しい案件も少なくない。ソリューションプロバイダにとっては、OSSを使いこなしながら、ユーザーのシステム構築案件にうまく参画することが重要になるだろう。

OSSを味方に付ける、ソリューションプロバイダのビジネスモデル

 先行するソリューションプロバイダは、既にOSSを活用するビジネスモデルで成果を挙げつつある。

 第1の例は、ユーザー企業にOSSのサポートサービスを提供できる体制を整えることだ。例えば、開発フレームワークのSeasar2のサポートサービスを2005年から始めた電通国際情報サービス(ISID)。2006年には、三菱東京UFJ銀行が、為替などの市場取引向けリスク管理システムの刷新プロジェクトでSeasar2を採用。実績や安定稼働を重視するメガバンクが、重要なシステムにOSSを採用したという点で、エポックメイキングな事例となった。

 注目したいのが、三菱東京UFJ銀行がSeasar2を評価したのは、コスト削減よりにも増して「商用製品に勝るとも劣らないサポート体制が期待できる」(構築を担当した、UFJISの市場業務システム部の石戸伸道部長)と判断したからだ。実はSeasar2は、ISIDでSeasar2技術推進グループ統括マネージャーを務める比嘉康雄氏が開発したOSS。元々開発生産性の高さなどは現場が高く評価していたが、「いざというケースでもコミッター(OSSの開発メンバー)がサポートに乗り出してくれるという安心感で、自信を持って経営層を説得できた」とUFJISの石戸部長は振り返る。

 こうした保守サポートの対価は一般に年間数十万~数百万円にとどまるが、新・基幹系システムの将来を見据えれば、顧客とのリレーションと保つ重要な手段と言えるだろう。ISIDの場合、「開発の中心メンバーが社内にいる」という属人性に頼ることなく、Seasar2のコミッターを新たに雇うなど、サポートのレベルを高めるための投資も続けている。

 第2の例は、他のソリューションプロバイダが提供するOSSのサポートサービスを利用して、システム構築に特化する方法だ。OSSのサポートを手掛けるソリューションプロバイダの多くは、同業他社にも有償でサポートを提供している。後発のソリューションプロバイダもこうした他社のリソースを活用することで、OSSビジネスに乗り出せる。OSSにとりわけ詳しい技術者の確保に投資しなくても、各社の商用サポートを利用して、企業ユーザーにOSSを使ったSIサービスを提供することが可能になるわけだ。

 OSSのサポートはISIDの他、NRIやNEC、富士通、サイオステクノロジー、SRAなど10社以上から提供されている。例えば、十数種類のOSSをサポート対象にしているNRIの「OpenStandia」の場合、同業のサービス利用企業は2ケタに達したという。

 追い風になっているのは、「OSSの案件であっても、システム開発やサポートなどのサービスには相応の対価がかかる」という当たり前の事実に対し、ユーザーの理解が進んできたことだ。以前はシステム開発の対価にも割安な価格を要求するユーザーが多かったが、「ライセンス料の削減分を、より手厚いサポートや開発力の増強などに投資するユーザーも目に付いてきた」と複数のソリューションプロバイダは証言する。

 ほかにも、自社のASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)のインフラにOSSを活用してコストを低減するといった活用方法がある。

新・基幹系の分野でも注目株はRuby?

 日経ソリューションビジネスでは、ソリューションプロバイダがOSSをどうSIビジネスに生かすべきか、先行する業界企業やユーザー企業が解説するセミナー「台頭するオープンソースで攻略する“新・基幹系システム”商談」を、9月28日(金)に開催する。ソリューションプロバイダからはISIDとNRIが、そしてユーザー代表としてGMOインターネット証券が、自社での取り組みや業界動向、経営者から見たOSSの投資効果やITサービス業界に求めることなどを解説して頂く予定だ。

 最後に、「仕様を固められない」「システムは頻繁に手直したい」といったソリューションプロバイダ泣かせのユーザー企業の要望に、解決策を見いだそうとしているソリューションプロバイダの取り組みを紹介しよう。日本発のOSSのスクリプト言語「Ruby」に注目する伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)である。同社の先端技術チームの亀田積チーム長は「何を“基幹業務”と呼ぶかにもよるが、Rubyは間違いなく企業の重要業務を支えるシステムの開発に使える」と力を込める。

 Rubyといえば、もっぱらWebサイト構築に使われる言語というイメージが強い。Rubyの処理系が処理速度ではハンディがあるインタープリタ型であったり、RubyをベースにしたWeb向け開発フレームワーク「Ruby on Rails」が普及の原動力になったりしたからだ。しかし、亀田氏は、「オブジェクト指向言語として高度な仕様・機能を備えているRubyは、複雑なビジネスロジックの実装にも十分に堪え得る」と語る。

 Rubyは開発生産性の高さで定評があり、システムの作り直しも容易とされる。この特徴を生かし、「プロトタイプを短期で開発し、顧客に提示。さらに要望を引き出して、構築を進める」という繰り返し型の開発スタイルを取ることで、「業務の変化に日々対応する」「小規模スタート」といった顧客のニーズに応える狙い。亀田氏は「Javaなどの既存言語では、顧客ニーズに応えにくい案件を、うまくRubyで拾っていきたい」と語る。

 ラピッド開発とも呼ぶこの開発手法は、仕様を巡る誤解を早い段階で解消できるし、顧客の満足度も高めやすい点がメリットとされる。亀田氏によれば、「顧客と円滑なコミュニケーションが図れ、SEのストレス要因も減る。Rubyは、SEを元気にするコンピュータ言語」だそうだ。