米Google傘下の動画投稿サイト「YouTube」に対する権利者の目が厳しくなっている。海外では、米Viacomが2007年3月にYouTubeを提訴(関連記事)。同年5月にも、欧米の権利者団体がYouTubeの著作権侵害に対する集団訴訟を米ニューヨークの裁判所に提起し、8月には全米音楽出版社協会が原告団に加わるなど勢いを増している(関連記事)。国内でも、権利者団体・企業23法人(後に24法人)が2006年12月、YouTubeに対して違法動画の削除を要請。2007年2月と7月に話し合いを持ったが、双方の溝は依然として埋まっていない(関連記事)。

 YouTube自身も、違法動画が蔓延する現状を良しとはしていない。権利者側に対して違法動画の削除依頼ツールを配布したほか、2007年秋には動画の自動照合システムを完成させることで、違法動画の削除を進めていく意向を示している。

 とはいえ、それで円満解決となるのだろうか。筆者はそう楽観視できる問題ではないと考えている。場合によっては、動画投稿サイトの世界に大きな地殻変動が起こる可能性も秘めていると見る。今後のシナリオを考えながら、動画投稿サイトをめぐる諸問題について考えてみたい。

自動照合システム提供の「公約」は火種にならないか

 Googleが2007年8月2日に東京で開催した会見において、コンテント担当副社長のデービッド・ユン氏は気になる発言をした。

 「ネットビデオはまだ初期の段階であり、コンテンツを保護するテクノロジーもまだ初期の段階である」「(自動照合システムは)100%完璧なソリューションとは考えていないが、今の時点では最高のテクノロジーと考えている」「できるだけ早く導入したいと思い、日夜フルで開発している。まずはトライアルを始めたい」。

 筆者はこの発言を聞いて、果たして自動照合システムは、公約通り今秋に完成するのだろうかと疑問を抱かざるを得なかった。同日開催された権利者側の会見でも、「(自動照合システムの)開発をYouTubeが進めているのは承知している。それが有効に機能するなら結構だが、今はまだ機能していない」(日本映像ソフト協会 管理部部長代理の酒井信義氏)との声が挙がっていた。YouTubeは8月2日までの段階で、自動照合システムの具体的な説明も試作版のデモも権利者側に示せていないということになる。

 動画の自動照合システムは、国内ではNTTやヤフー、日本女子大学などが開発を進めている。しかし現時点では、実用ベースまでたどり着いているものはない。動画投稿サイト最大手のYouTubeが世界に先駆け実用化できれば福音だが、実効性のある水準のものを提供するには当面時間がかかるというのが筆者の予測である。

 それ自体は仕方がない。前人未踏のソフトの開発であり、あらゆる動画に効果を発揮する汎用性を要求されるとなれば、開発に手間がかかるのは当然だろう。しかし、今秋に何らかの“手土産”があると期待している権利者には、きちんと説明する必要があるだろう。

 8月2日の会見には、いくつかのコンテンツ事業者がYouTubeの協業先として同席した(関連記事)。彼らはYouTubeの実績と可能性を賞賛しつつも、違法動画問題にクギを刺すのも忘れなかった。

 「著作権問題についてはYouTubeに改善を申し入れており、改善されるよう願っている」(スカイパーフェクト・コミュニケーションズ 執行役員専務の田中晃氏)。

 「当社はYouTubeのポジティブな面に注目して、著作権で苦労するかもしれないが、出せるものは出していこうということになった」(TOKYO MX 取締役技術局長兼総合デジタル局の田沼純氏)。

 権利者側は、YouTubeが今秋にどのようなものを出してくるか、出方を待っている状態だ。仮にYouTubeがその約束を反故にし、そのことについて誠意ある対応を怠ると、今は温かく見守ってくれている周囲の目も、冬の訪れと共に色を失うかもしれない。

一枚岩ではない権利者側、「次の話」を聞ける態勢は整っているか

 一方で権利者側も、開けてはならないパンドラの箱を抱えたまま突き進んでいる印象がある。「権利者団体・企業24法人といっても、一枚岩ではない。権利関係が複雑かどうか、動画投稿サイトをどうビジネスに結びつけるかの展開が見えているかどうかによって、権利者団体の中にも温度差がある――」。YouTubeとの話し合いに参加している、ある権利者団体の関係者はこう語る。

 24法人は、YouTubeに対して違法動画を削除するよう求める点では一致している。前述のように自動照合システムで抜本解決を図ろうとするYouTubeと、その完成を待たず削除を求める権利者との食い違いはあるが、8月2日の会見では「本当に自動照合システムがすばらしいものなら、次の話をしたい」(実演家著作隣接権センター 運営委員の松武秀樹氏)と将来に含みを残した。

 しかし実際には、違法動画問題の解決を見据えて具体的な「次の話」を考えている法人と、いまだ暗中模索の法人が混じっているのが実情だ。「次の話」にはさまざまな内容が含まれるが、本稿ではコンテンツの二次利用の許諾について考えていきたい。

 例えば、権利者団体を代表する立場として、良くも悪くも常に注目を集める日本音楽著作権協会(JASRAC)。この1カ月ほどの間に、インターネット上のサービスにおける音楽著作物の二次利用申請に対し、相次いで包括許諾を出した。

 7月25日にはヤフーの動画投稿サイトである「Yahoo!ビデオキャスト」を対象に包括許諾を出した(関連記事)。8月9日には、米メロディスが開設した、音楽をテーマにしたSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サイト)の日本語版「midomi.co.jp」にも包括許諾を出している(関連記事)。

 従来であれば、ユーザーが他人の音楽作品を歌唱・演奏したコンテンツをアップロードするには、個別にJASRACから許諾を得て、楽曲数と掲載期間、アクセス数などを集計した上で使用料を支払う必要があった。個人が気軽に申請できる規定とは言い難く、実際に利用されたケースは「5年以上前に、個人のホームページに音楽を張り付けたいというケースで許諾を出した程度」(JASRAC 送信部部長の小島芳夫氏)に過ぎない。

「連帯保証人」システムで、二次利用の著作権遵守は実現可能

 こうした申請と支払いをサイトの運営会社が代行することで、ユーザーは権利処理に頭を悩ませることなく音楽を使えるようになった。権利者側から見ても、どのような振る舞いをするか予測できない個人に対し許諾は出しにくいし、零細な許諾申請が無数に押し寄せれば実際のところ対応しきれない。それを、しかるべき信用力のあるサイト運営会社がいわば「連帯保証人」として、著作権の遵守と使用料の支払いを担保するのだから、許諾を出すことに伴うリスクを大幅に軽減できる。

 また、JASRACはヤフーとの包括許諾に先立ち、包括許諾を出すための条件を記したガイドラインを6月下旬に作成、国内に約40ある動画投稿サイトに送付している。ここでは、動画投稿サイトの運営者が責任を持って違法動画の削除などを行うよう定めている。

 包括許諾とその前提条件となるガイドラインは、今後インターネット上で個人が著作物を二次利用する際の一つの方策として、大いに参考となるモデルケースだと筆者は考えている。ユーザーの大多数は投稿動画を作る際、悪意を持って他人の映像や音楽を不正使用しているわけではないだろう。どんなケースで許諾が必要か判断できなかったり、許諾が必要そうだとぼんやり感じていても手続きの方法を知らない、というのが実情だと筆者は考えている。こうしたユーザーに、負荷なく合法的に二次利用する方策を提供し、著作権侵害を防げるようになる。コンテンツ利用の激増に伴うユーザー、権利者双方の手続き負担の増加も回避できるし、権利者の人格権や財産権にも配慮できているからだ。

権利者の態勢不備が、二次利用の阻害要因になってはならない

 しかし、この方式をもってしても、インターネット上での著作物の二次利用を推進するにはまだ不十分だ。包括許諾を出せる態勢を整えている権利者団体が少ないためである。

 JASRACは、国内の作詞家・作曲家のほぼ全員から著作権の信託を受けた集中管理機関であり、許諾の可否の判断や使用料の料率決定にも長年のノウハウが蓄積されていることが幸いし、許諾申請に迅速に対応できたという側面がある。一方、同じ権利者団体であっても著作権や著作隣接権の集中管理をしていない分野も数多くあるし、そもそも各分野の権利者団体がその分野の権利者を網羅できていないケースも多い。すなわち、ユーザー側は「連帯保証人」システムで急速に許諾申請の態勢が整うことが予想されるが、権利者側の窓口が一本化されず、1件の許諾を取るために何十人もの関係者を捜し求めねばならないような旧来の仕組みのままでいては、そこがボトルネックになってコンテンツの流通が阻害されてしまうのだ。

 もちろん、権利者側も手をこまぬいているわけではない。国内各分野の17の権利者団体で構成する「著作権問題を考える創作者団体協議会」では、権利者データベースを構築することを表明している(関連記事)。現在、映画やテレビ番組の二次利用を検討する際に、許諾を取ろうにも権利者の所在が不明であるといったケースが多々存在する。権利者のコンタクト先を一元管理することでこうした問題を解消しようというものだ。

 ただしこれは、先ごろようやく基本構想がまとまり、この8月31日に公表しようという段階。取り組みとしてはまだ緒に就いたばかりである。権利者データベースが完全な形で運用されるようになれば理想的だが、実際にデータベースを構築し、国内各分野の権利者情報を網羅的にデータベース化するには何年もかかるだろう。YouTubeに対して「将来の抜本対策より、今の違法状態を解消せよ」と迫るなら、権利者自身も将来の権利者データベースばかりを唱えるのではなく、今日の許諾申請の難しさを解決する当面の策を自ら打ち出すべきではないか。

 JASRACの小島氏は、「著作権を守っていく上で、権利者として譲れないところはもちろんあり、それを守っていただけない方と話をするつもりはない。しかし、合法的に許諾がほしいという人にはきちんと対応して条件を示していくし、それが権利者団体としての務めだと考えている」と語る。他の権利者団体においても同様に、紳士的なユーザーや「連帯保証人」に対し、「きちんと対応」できる態勢を求めたい。ユーザーに厳格な著作権順守を求めつつ、身内に話が及ぶと「権利処理が難しくて……」と言い訳するのはそろそろ卒業だろう。

 いくつかの視点で動画投稿サイトを見てきたが、個人的にはインターネット上で動画を見る文化はもはや消えることがないと考えているし、プロフェッショナルが制作した映画やテレビ番組などのコンテンツが人気を集めるのも自然なことだと考えている。草創期から安定期に移る上で、従来放置されていた著作権問題の解決を迫られるのも、ある意味で自然の摂理だと考えている。

 逆に、この著作権の扱いさえきちんと決められれば、動画投稿サイトと権利者は将来、非常に良好な関係を築けるのではないか。足元の動きだけを見ているとやや悲観的な気持ちにもなるのだが、もう少し先を見据えつつ、動画投稿サイトと権利者団体の双方が羽化するのを期待し、応援する気持ちで見守っていきたい。