あらかじめお断りしておくが、本稿の内容は暗い。しかも記者が好き勝手に何かを書いているわけではなく、2000人を超える回答を得たアンケート調査に基づく論考である。前々からそうでないかと思っていた、暗い仮説がこの調査によって裏付けられてしまった。しかも、問題があることを確認できただけで、解決策は見い出せない。読者の皆様は、そういう記事であることを了承された上で、ここから先を読んでいただければと思う。

 暗い仮説とは、企業の経営者や管理職と情報システム担当者の間に相当な距離がある、ということだ。22年間、情報システム関連の記者をやってきて、常に気になっていたテーマが「経営とITの距離」であるから、仮説というより取材に基づく実感と言うべきかもしれない。

 それでは、暗い調査結果をお伝えしていく。調査のテーマは、「経営とIT」ならぬ「経営とPC」である。経営とITサイトと日経BPコンサルティングが、管理職・一般社員・情報システム担当者の三者に対して実施した。必ずしも同一企業所属の方というわけではない。経営改革やPC利用に関して、管理職や一般社員といったいわゆるユーザー部門と、情報システム部門の意識の差を探ることが目的である。回答者総数は2084人、内訳は管理職が600人、一般社員が1003人、情報システム担当者が481人。

 筆者が問題と思ったのは次の質問に対する回答結果である。「あなたの勤務先で、経営陣が経営課題として挙げているものをすべて選んでください」(複数回答)という質問をした。2084人の方々が挙げた上位10項目は次の通りである。

(1)コンプライアンス(法令遵守、回答率72.8%)
(2)顧客満足度(CS)の向上(59.3%)
(3)個人情報保護への対応(52.0%)
(4)市場競争力の強化(50.6%)
(5)業務全体の効率化(48.7%)
(6)内部統制(SOX法、45.5%)
(7)人材育成(42.3%)
(8)新規ビジネスの開拓(35.3%)
(9)商品開発力の強化(33.3%)
(10)ISOなど国際標準規格への対応(32.2%)

 この結果は一体何であろうか。回答していただいた方々には大変失礼であるが、これが日本企業の傾向とすると、先行きは暗いとしか言いようがない。なにしろベストスリーがいずれも守りの施策、乱暴な言い方をすれば後ろ向きの施策である。コンプライアンス、個人情報保護への対応、内部統制といった言葉を書いているだけで、暗くなってくる。

 「顧客満足度の向上」は攻めにつながるという見方もあろうが、回答の傾向を見る限り、経営陣がそういう指示をしているとは思えない。「クレーム処理をしっかりやれ」、「顧客の声を聞け」という程度ではないか。顧客の声をわざわざ無視する必要はないが、顧客の言うとおりにしているだけでは企業の成長は望めない。

 「市場競争力の強化」が4位に入ったのが救いだが、その具体策と言える「新規ビジネスの開拓」や「商品開発力の強化」を挙げた割合は低い。法律を守り、顧客を大事にし、内部統制をしっかりやったところで、新規ビジネスをとれなかったり、新商品を出せなかったら、株主の利益を毀損することになり、金融商品取引法の主旨を満たせないにもかかわらずである。

 回答者の立場別に結果を見ると、経営に近いと思われる管理職と、情報システム担当者との距離がはっきり見て取れる。従業員数500人以上の企業管理職が挙げた「経営陣が挙げた経営課題」ベストスリーは、コンプライアンス(85.5%)、市場競争力の強化(67.3%)、内部統制(66.4%)であった。市場競争力の強化が2位になったのは当然と言えるが、内部統制が3位である。ちなみに、従業員数100人~499人の企業管理職になると、内部統制を挙げたのは39.7%しかおらず、企業規模によって大きな差があることが分かる。

 一方、従業員数500人以上の企業に勤務する情報システム担当者が挙げた項目を見ると、ベストスリーは全体と同じ、ところが4位に内部統制(55.8%)が入り、市場競争力の強化(40.2%)は5位になってしまった。しつこく繰り返して書くと、管理職の67.3%が市場競争力の強化を挙げているにもかかわらず、情報システム担当者は40.2%しか挙げていない。今回回答してくださった情報システム担当者が勤務する企業の経営者が皆、内向きのはずはないと思うのだが、情報システム担当者は以上のように受け止めている。

 ここで筆者は、情報システム担当者は内向きの視点しか持たず、市場競争力の強化や新規ビジネスの開拓に関心がない、だからダメだ、などと言うつもりはない。まったくない。おそらく経営陣は、情報システム部門に対し、こう伝えているのだろう。「社員である以上、法令は遵守。個人情報をはじめセキュリティに気をつけよ。内部統制にもシステム部門は貢献せよ」。悪のりして書き続けると、「顧客満足を維持するために、情報システムをダウンさせてはならない。24時間連続サービスができるようにせよ」と言っているかもしれない。

 情報システム部門である以上、抱えているアプリケーションの運用と保守をし、マスターデータを日々管理し、新しいアプリケーションを開発している。こうした状況下にいる情報システム担当者に対し、「内向きの視点しか持たず、市場競争力の強化や新規ビジネスの開拓に関心がない」と筆者は言うことはできない。たとえ、情報システム担当者がそういう問題を抱えていたとしても、である。

 ここまで読まれた以上、さらに暗くなっていただこう。「経営陣が経営課題として挙げているものの中で、解決のためにITの導入や活用が重視されているもの」を挙げていただいた。回答者全体の上位5件を列挙する。

(1)業務全体の効率化(30.7%)
(2)個人情報保護への対応(28.3%)
(3)コンプライアンス(法令遵守、27.6%)
(4)内部統制(SOX法、26.4%)
(5)情報共有、ナレッジマネジメント(23.5%)

 「情報共有、ナレッジマネジメント」がいきなり出てきた。「経営者が経営課題として挙げているもの」の中では11位(31.5%)に入っている。これは前向きな話と言えようが、それにしても上位4件は一体何とした結果であろうか。回答していただいた方々には再三失礼な物言いになるが、これが日本企業の傾向とすると、IT産業になかなか人が来ないのは当然という気がしてくる。3Kがどうしたとか、それ以前の問題である。以上の(1)から(4)を軽視せよ、というつもりは毛頭ないが、あまりにもあまりにも、である。

 もちろん、情報システムは企業の管理基盤であって、企業の競争力の源泉と断言し難い側面がある。競争力の源は、研究開発であり、新商品であり、製造ラインであり、物流拠点であり、営業担当者やサポート担当者である。情報システムだけを強化しても売り上げがすぐ上がるわけではない。とはいえ、個人情報保護とコンプライアンスと内部統制というだけでは寂しすぎる。情報システムが貢献できる範囲はもっと広いのではないか。いや、広くあるべきである。

 冒頭に書いたように、本稿においては問題解決に言及しない。ただ、読者の中に「内部統制について騒いでいるのはメディアのほうではないか」と指摘される方がおられるだろうから、“言い訳”を書いておく。2005年6月15日、筆者は日経ビジネスExpress(現・日経ビジネスオンライン)に「企業統治監査は個人情報保護に続く悪夢か」と題した一文を書いた。少なくとも、内部統制に関して小手先の対応をする問題について指摘したつもりであるし、その後も指摘してきた。だから何だと言われても困る、言い訳と書いた所以である。

 今回の調査結果のうち、PCに関する結果は別の記事としてまとめた。なぜ、PCについて詳しく調べたかというと、この調査を実施したEnterprisePlatformというサイトで、PCの可能性を探るシリーズ企画「PCは自由を求めている」を実施してきたからだ。こちらの結果についても、管理職と情報システム担当者の差が顕著であり、興味深いので、関心のある方はご覧になっていただきたい。