ここ数年「ITアーキテクト」という言葉が広がり,関連する雑誌や書籍,イベントなども増えてきた。ところが肝心の現場を見ると「ITアーキテクト」という肩書きを持つエンジニアはほとんどいないように思う。実際,ユーザー企業やベンダ-各社にITアーキテクトへの取材を申し込んでも「そうしたエンジニアはうちにはいない」と断られることが少なくない。

 なぜ,言葉だけが先行してITアーキテクトが現場にいないのか。「そもそも必要ない」という意見もあるかもしれない。だが,あるユーザー企業の情報システム部長は「全体最適の視点で技術や製品を選定できるITアーキテクトがいてくれたら」と嘆く。情報システムは大規模化・複雑化し,より重要な経営基盤になっている。そんな中でベンダー1社にすべてのシステムを見てもらうのは困難になってきた。そこで,社内にITアーキテクトを置いて「自分たちの手で適切なシステム構造や実装方針を決定したい」(情報システム部長)という。

 こうした悩みを持つ企業は多いだろう。となると“ITアーキテクト不要論”は排除せざるを得ない。そこで記者が感じるのが,ITアーキテクトとは「職種」というよりも,すべてのエンジニアが持つべき「視点」ではないか,ということだ。そう考えれば,現場に「ITアーキテクト」という肩書きのエンジニアがいなくてもうなずける。

求められる八つの能力

 IPA(情報処理推進機構)のITスキル標準センターがまとめた「ITスキル標準V2 ITアーキテクト解説書」によると,ITアーキテクトの役割は「要求者と設計者の橋渡し役」である。具体的には,ユーザー(要求者)から要求を聞き出し,システムの構造や実装方針を示した「ITアーキテクチャ」を作成。それをSE(設計者)に渡す。これならSEがその役割を担っても問題はないし,実際にそうした開発プロジェクトがほとんどだろう。

 むしろ注目したいのは,同解説書に示された,ITアーキテクトが持つべき「八つの能力」だ。八つの能力とは,(1)抽象化能力,(2)決断力,(3)説明能力,(4)視野の広さ,(5)多様な価値観の受容・認識,(6)問題予見力,(7)技術的なバランス感覚,(8)知的体力と粘り強さ――である。これらの能力を持ち,システムの適切な構造と実装方針を決定するのがITアーキテクトなのだ。

 例えば「抽象化能力」。これは複雑で曖昧な状況を,単純化することを指す。「説明能力」では,たとえ強い立場にある人と意見が食い違っても,信念を曲げずに粘り強く説得できるかが問われる。同僚や後輩の意見を素直に聞くことができる「多様な価値観の受容・認識」という能力も必要となる。

 従来のSEがこうした八つの能力を磨き,実務に必要な技術や製品の知識を持ちさえすれば,立派な「ITアーキテクト」と言える。“職種”がITアーキテクトである必要はない。

 ただ難しいのは,多種多様な技術や製品の知識をどうやって会得するか,である。単にニュース記事を読んでいても,それが自分たちにどのようなインパクトを与えるかを読みこなさなければならない。適切な技術や製品の選定方法,実装時の注意点なども押さえておく必要がある。

ITアーキテクト専門サイトを開設

 こうした流れを受けて,日経SYSTEMSでは8月29日,ITアーキテクトの視点を磨く専門サイト「ITアーキテクトの視点」を開設した。ITアーキテクトの視点に立った技術・製品情報はもちろん,既存のニュース記事をどう読みこなすかを示した「ニュース解説」,製品情報の過去記事をストックした「ニュース・アーカイブ」などを用意した。

 8月27日には,別冊ムック「ITアーキテクトのためのシステム設計完全ガイド2008」も刊行した。今知っておきたい技術・製品・方法論をITアーキテクトの視点から解説している。上記の専門サイトとともに参考にしていただけたら幸いである。