JASRAC(日本音楽著作権協会)など著作権関係権利者の団体・事業者は8月2日,記者会見を開き「YouTube社と著作権関係権利者の2度目の協議について」というリリースを発表した。会見の模様については,ITproを含めていくつかのメディアが報道しているので,ご存知の方も多いだろう(関連記事)。

 リリースの内容は,ひとことで言えば「YouTubeの著作権侵害への対応はまだまだ不十分。具体的な対策を強く求めていく」というもの。メディアによっては,権利者団体の運営委員が会見で口にした「とにかくやめてくれ」という言葉をニュースタイトルにして,「既得権を守ろうとする権利者団体 vs YouTube」という図式を,ことさら際立たせているところもあった。

Princeの曲を歌い踊る幼児の映像をYouTubeから削除

 著作権にまつわる現在進行中の問題には,保護期間の延長やYouTubuをはじめとする動画共有サイトとの関係など,様々なものがある。こうした場で権利者の利害を代表するのが,日本文藝家協会,日本漫画家協会といった著作権利者の団体,さらにはJASRACのような著作権管理団体だ(以下,権利者団体とする)。

 著作物を利用するユーザーサイドにおける権利者団体の評判は悪い。いわく,著作者自身よりもレコード会社や出版社などの「中間搾取するブローカー」の利害を代弁している,著作権法の第一条が定める「著作権者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的とする」に反して,自らの利害を優先し文化の発展を阻害している,など。

 しかし,音楽/映画/文芸作品などの著作物は,いまやネットを経由して,一昔前には考えられなかったほど簡単に多くの人の手に行き渡らせることができる。権利者団体側に多少同情的な見方をするならば,彼ら自身も適当な“さじ加減”が分からぬまま,必要以上に厳しい態度で臨まざるを得なくなっているケースがあるのではないだろうか。

 最近も「(米国の有名な歌手・作曲家である)Princeの曲を歌い踊っている幼児の映像をYouTubeにアップしたら削除されてしまった」というニュースがあった(関連記事)。YouTubeに削除を要求したのはPrince自身ではもちろんなく,作曲者の権利を管理する音楽出版社「Universal Music Publishing Group(UMPG)」である。幼児の歌がPrinceのレコード売上に影響を与えるとは思えないが,UMPG側にはおそらく「幼児をOKにすると,何歳以上ならダメかの線引きが難しくなる。大量のコンテンツをチェックするため削除要求のルールはできるだけ単純化したい」という事情があったのだろう。

 もう1つ,権利者団体がネットの著作物利用について厳しい態度で臨んでいる背景には,団体内部の意思決定メカニズムが考えられる。団体の中に厳しい規制を求めるメンバーと,そうでもないメンバーがいるとする。この場合,前者には規制によって自らの利益を守ろうという強いインセンティブがあるが,後者には前者を論破して団体の方針を変更させるだけのインセンティブ,少なくとも経済的なインセンティブはない。結果として,権利者団体は厳しい規制を求めるメンバーの声に基づいて行動することになる。

文化審議会著作権分科会では権利者の意思表示システムを議論


写真●7月27日に開催された文化審議会著作権分科会「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第6回)」
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 では,個々の著作権利者が権利者団体とは異なる方針を持ち,その意思を表示するにはどうしたらよいのだろうか。

 7月27日に開催された文化審議会著作権分科会「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第6回)」では,議題の1つとして「意思表示システムに伴う法的課題」が取り上げられた(写真)。

 小委員会では,具体的な意思表示システムとして「クリエイティブ・コモンズ」を前提に議論が進められた。クリエイティブ・コモンズはスタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授が提唱しているプロジェクトで,著作権利者は自らの著作物の無償利用を認める場合に,その意思を明示したマークを著作物に付ける。マークには,無償利用を認める条件ごとに「表示:作者のクレジットを表示する」「非営利:商用利用しない」「改変禁止:改変しない」「継承:利用した作品と同じライセンスで公開する」がある。

 現行の著作権法は,国際的な著作権条約であるベルヌ条約に則って「著作権は創作と同時に発生し,登録や著作権表示を必要としない」という“無方式主義”を採用している。クリエイティブ・コモンズは「無償で利用してよい」という意思を明示することで,登録不要の著作権法を補完し,著作物の流通を促進することを目的とする。9月には,日本におけるクリエイティブ・コモンズの普及を目指すNPO法人(特定非営利活動法人)「クリエイティブ・コモンズ・ジャパン」が発足する予定である。

 小委員会では,クリエイティブ・コモンズの法的な有効性について,いくつかの疑問が示された。例えば,正式なライセンス契約としてクリエイティブ・コモンズを使うことができるのか。著作者など正当な権利者以外の人物が著作物をネットにアップしてクリエイティブ・コモンズを勝手に宣言したらどうなるのか,などだ。こうした不安を解消するには「法的な有効性を担保するために,政府などの公的機関が許諾情報を一元的に管理する仕組みが必要になるのではないか」(日本写真著作権協会常務理事である瀬尾太一委員)といった意見も出された。

 小委員会の議論は始まったばかりである。今後は,クリエイティブ・コモンズのような意思表示システム,権利の所在や著作物の利用条件を明示する権利者情報データベース,著作権利者が不明な場合の「裁定制度」を組み合わせることで,著作権保護と利用促進をいかに両立するかなども話し合われることになる。

 意思表示システムや権利者データベースが整備されても,今回のYouTubeとの交渉のような場面では,権利者団体が引き続き前面に立つことにはなるだろう。それでも,権利者が個別に自らの意思を表示して利用形態をコントロールする仕組みができれば,現在のように権利者団体が前面に立って“憎まれ役”を務めることは,少なくともネット上の著作物利用では随分と減っていくのではないだろうか。