米Googleが,ソースコードに手を加えながら,自社の検索サービスに利用していることでも知られるオープンソースのデータベース・ソフト「MySQL」。日本でそのサポート事業を展開している住商情報システム(SCS)によると,2007年度は日本でMySQLの普及に本腰を入れるターニングポイントになるという。「日本語の検索で,ようやくOracleなどの商用データベースと比較対象になり得る性能を獲得できた」(先端技術システム部オープンソース技術チーム担当部長の吉田柳太郎氏)からだ。

 日本語検索の性能改善は,同じくOSS(オープンソース・ソフトウエア)である「Senna」(セナ)との掛け合わせで実現した。Sennaとは,日本のソフト開発企業である未来検索ブラジル(東京・渋谷)が開発・公開した,2バイトコードに対応した高速全文検索エンジンである。データベース・ソフトやスクリプト言語処理系などに組み込んで使うことができ,「MyWiki」やタワーレコードのWebサイトなどで採用実績がある。

 このSennaを組み込み,有償で技術サポートを付加した「MySQL Enterprise」の提供を,SCSはこの6月から始めた。一度インデックスが作成されると,ネイティブのMySQLに比べて日本語検索の速度向上は優に10倍を超えるという。ユーザーの関心もネット系企業にとどまらない。同社の吉田氏は「一般企業でも,本業に直結するWebビジネス向けの用途などで,前向きに検討する企業が増えている」と語る。

OracleのOSS企業買収はユーザーに不安を与えただけで成功?

 しかし,「米Oracleとの競合」が現実味を帯びるほど,吉田氏には気になる懸念材料がある。「OracleがMySQLの首根っこを押さえている格好」(吉田氏)になってしまった事態を,MySQL陣営はどうしても意識せざるを得ないのだ。

 既に報じられているように,ここ1~2年,Oracleがオープンソース企業に買収攻勢をかけている。その最大の標的になったのがMySQLの開発元であるスウェーデンのMySQL社だ。2005年から2006年にかけ,Oracleは「InnoDB」の開発元であるフィンランドのInnobaseと,「Berkeley DB」の開発元である米Sleepycat SoftwareというOSS開発企業2社を相次いで買収した。InnoDBとBerkeley DBはともに,MySQLが採用しているストレージ・エンジンである。

 この経緯については,ニューズフロントの小久保重信社長による海外ニュースの解説記事「MySQL vs Oracle,買収合戦の行方」で詳しく紹介されている。かいつまんで言うと,Oracleが2005年10月にInnoBaseを買収すると,MySQLは不測の事態に備え,Sleepycatと交渉。ところがその交渉が成立するや,OracleはSleepycatを買収してしまったのだ。この二つの買収劇の裏では,OracleがMySQL本体の買収も試み,失敗に終わった経緯もあったという。

 Oracleは2社の買収後,InnoDBとBerkeley DBともに,引き続き開発とサポートを継続することを表明している。実際,MySQLは現在もストレージ・エンジン部分にInnoDBを採用している。現時点で,特にMySQLの開発・サポート体制に支障はないようだ。素直に考えれば,Oracleの狙いはInnoDBとBerkeley DBのサポートを通じて,開発コミュニティの成果を吸収し,自社の商用製品に生かす点にあると言えるだろう。

 一方で,Oracleの買収戦略がMySQL陣営やそのユーザーに不安を与え続けているのも事実だ。実際に,OracleによるSleepycatの買収後,Googleなどの大手ユーザーはMySQLに懸念を表明したという。

 多くのユーザーがOSSを評価する理由の一つが,「商用製品のようにベンダーの戦略・都合に左右されることがなく,継続的・安定的にサポートとソフトウエアのバージョンアップが提供される」ことにある。この観点から言えば,OracleにとってはInnoDBなどを“消去”する必要はない。Oracleの手中にあるという事実だけで,「将来もサポートが継続される安心感」というOSSの大前提を揺さぶることに成功した,と見るのはうがち過ぎだろうか。

 手強いライバル企業を叩くために使われるマーケティングに,「FUD」と呼ぶ手法がある。「Fear(不安),Uncertainty(不確実),Doubt(不信)」の略で,コンピュータ業界では過去に何度も見られた手法だという。Oracleは否定しても,結果としてMySQLのユーザーにその効果を与えている面はある。

OSSもサポートや運営体制で選別する時代へ

 この1~2年は,日本のシステム構築の現場においても,OSSの適用分野が著しく広がった時期だった。ミドルウエアの分野でOSSの選択肢が増え,安定性も向上。また,一部のITサービス企業が本格的な有償技術サポートに力を入れ始めたことで,大規模なシステムへの適用事例が登場し始めたのだ。

 代表例が,2005年11月に稼働を迎えた,セブンドリーム・ドットコムのECサイトの刷新プロジェクトや,2007年度から三菱東京UFJ銀行が順次稼働させている大規模リスク管理システムだ。前者はOSSミドルウエア群を使って既存のECサイトを再構築した案件で,野村総合研究所(NRI)が開発やOSSミドルウエア群のサポートなどを担当。後者は,Javaベースの開発フレームワークとしてOSSの「Seasar2」を採用した案件で,電通国際情報サービス(ISID)がOSSサポートや一部開発などを担当した。

 特に,メガバンクである三菱東京UFJ銀行が情報系システムにOSSを採用したことは,大きなインパクトを持って受け止められたようだ。Seasarは,ISIDの社員である比嘉康雄氏(現職はSeasar2技術推進グループ統括マネージャー)の手による開発プロジェクトから始まっている。三菱東京UFJ銀行やシステム子会社のUFJISの開発現場でSeasarの開発生産性に対する評価が高かった上,同銀行の経営サイドとしてもISIDにその開発中心メンバーがいることがサポートに対する信頼感につながったという。現在では,「他の企業の情報システム部門の現場からも『この案件で経営層を説得する材料ができた』という反響を頂いている」と,金融ソリューション事業部金融事業企画部長の飯田哲夫氏は語る。

 重要な点は,こうした先行ユーザーがOSSの価格以外のメリットにも目を向け始めたことだ。「コミュニティの支援も含めて,ベンダー製品より不具合の究明・対策が早い」「ソースコードに踏み込んだチューニング,サポートも受けられる」といった,サポートの質に対する評価が固まりつつあるという。それにつれて,ITサービス企業に,OSSの技術サポートを有償で利用するという文化も定着しつつあるという。

 もはや企業ユーザーは,価格だけでなく「安心・信頼」を得るためにOSSを選ぶ段階に入った。それだけに,ISIDの飯田氏は「継続的なサポート体制が未知数なOSSは,エンタープライズ分野ではユーザーに薦められない。これからはOSSも,継続性の観点から選別するべき時代が来ている」と語る。

 例えばISIDでは,Seasarのサポート・ビジネスに乗り出すに当たっては,「我が社のスタッフが開発した」という思い入れだけでなく,サポートの継続性に対する慎重な検討があったという。ビジネス化の決断を大きく後押ししたのは,Seasarの開発コミュニティを支援する,特定非営利活動(NPO)法人の「Seasarファウンデーション」が設立されたことだった。

 Seasarファウンデーションの役割は,開発コミュニティの支援のほか,コミュニティ活動で得られた成果物の知的財産権の管理など。組織の運営は複数の理事で構成される理事会や年1回の会員総会に委ねられ,開発の中心メンバーである比嘉氏も理事の1人に過ぎない。「合議制による組織運営ならば,1人の意志で組織が暴走することもない」(ISIDの飯田氏)。

 またISIDも自ら,SeaSarのサポートを安定的に提供するための取り組みを始めている。「コミッター」と呼ぶ,Seasar2に関わる開発の中心メンバーを積極的に雇用。現在は4~5人のコミッターが同社に籍を置くという。

 ミドルウエアに加え,ERP(統合基幹業務システム)などの業務パッケージの分野でも,OSSを活用する企業ユーザーの試みが始まっている。製品ベンダーによって狙いは様々だろうが,OSSの開発企業やコミュニティを取り込もうとする動きが活発化するのは必至だ。その中で,いかに開発コミュニティを維持していくか。OSSも属人的な人のつながりに依存したままでなく,組織運用力が問われる時代になったと言えそうだ。