国や企業を支える基幹の情報システムに関して,調子の悪い出来事が相次いでいる。5月には,航空会社や通信会社で情報システムの事故が立て続けに起きた。目下のところ我が国で最大の問題であるかのように扱われる社会保険庁の年金問題においては,連日のように情報システムの話が取り沙汰されている。7月5日付日本経済新聞の一面トップにも年金問題の情報システムの話が載った。全国紙に情報システムのことが頻繁に掲載されるのは,都市銀行のシステム統合トラブルか郵政民営化のシステム対応を巡る議論以来のことである。

 20年以上記者を続けたせいかどうか,筆者の性格はかなり歪んでしまっており,世間が騒いでいることはできる限り書くまい,と思う。情報システムとそれを支えるIT産業の問題がたびたび指摘される今,「情報システムはこれほど役に立つ」「IT産業の経営者はともかくとして,現場の技術者はこんなにいい仕事をしている」といった話を本来なら書きたい。取材先にも「明るい話募集」と言い続けている。いつの日か,「IT革命」とか「ITが社会を変える」という言葉がマスメディア上でまた踊るようになった時には警告を発するつもりである。

 だが,思うようにはいかないもので,世の中で騒がれていることに関して書いて欲しい,という注文が多い。そうした場合は,なんとかして通説と反対のこと,あるいは異論を書けないものかとあれこれ考える。マスメディアが褒めちぎっている企業については問題点を探そうとするし,新聞やテレビから叩かれている企業を見るといいところを見出そうとする。

 5月の相次ぐシステム事故を受けて,日経ビジネスから原稿の依頼があった。「完璧な情報システムは存在しない。止まる時もある」「システム事故の直後,現場の技術者は不眠不休で復旧作業にあたる。彼ら彼女らの士気を落とすような言動を慎むべき」などと大書したかったのだが自粛した。こうした指摘を日経ビジネスオンラインなどで過去何度かしてみたが,平時ならともかく,システム事故の直後にこういうことを書くと,ITの専門家ではない一般の方々をかえって怒らせてしまうからである。

肥大化・老朽化・ブラックボックス化

 日経ビジネスの副編集長の助言もあり,そのときの記事を書くにあたっては,西暦2007年問題を持ち出し,「ITの07年問題は“逃げ水”」という題名を付けた。西暦2007年問題とは,CSKの有賀貞一代表取締役と筆者が作った言葉で,ITproにおいては,2003年4月9日に公開した「『西暦2007年問題』の解決策を募集します」という一文に登場している。改めて定義を紹介しておくと,「情報システムの肥大化・老朽化・ブラックボックス化が進み,しかもシステムの全体を把握している技術者がいない」というものである。一読してお分かりのように,この定義は2007年とほとんど関係がない。団塊の世代でもっとも多い1947年生まれの方々が引退することをこの問題の象徴にしようとして,2007年問題と命名してしまった。

 情報システムの肥大化・老朽化といった時,多くは業務アプリケーションの問題を指すが,それ以外の領域についても同じ問題が起きる。5月に起きた航空会社や通信会社のシステム事故は,業務アプリケーションというより,主に通信に関わる基盤について起きたものであったが,システムの複雑化やブラックボックス化という問題点を共通して持っていた。

 社会保険庁の問題は,制度設計を含めたビジネスシステム全体の2007年問題と言うことができる。社会保険制度,社会保険庁の業務プロセスまで含めた全体の仕組み(システム)に問題がある。戦時体制の産物であるこの仕組みは戦後も存続し,長い年月をかけて肥大化・老朽化し,全体像やことの経緯を知っている人はもういない。

 狭義のコンピューターシステムにだけ問題があるわけではない。日経コンピュータは6月25日号に「名寄せで解決しない年金記録問題」という記事を掲載し,宙にういた5000万件について名寄せ処理を再度しても該当者をそう多くは特定できないと指摘している。これはまったくその通りだろう。

 7月5日付の日経記事は「5000万件照合,年内にも」という見出しが付けられ,「システム会社の協力などでプログラムが数カ月で開発できるメドがついたため,計画を前倒しする」と報じている。なかなか恐ろしい話である。メドがついたと言わされているのであろう。いや,訂正する。メドがついたと言わざるを得ないのであろう。

パソコンでも2007年問題

 ここまでに言及した情報システムは,メインフレームやサーバーを使ったものである。新聞やテレビはことあるごとに,「旧式のメインフレーム」に問題があり,「オープンなサーバー」に取り替えればよい,といった表現で報じるが,オープンなサーバーを積極採用した結果の一例がIP電話のトラブルである。念のために書いておくと,メインフレームを使い続ければいいというわけではない。

 新聞やテレビの見方を押し進めると,高価なサーバーではなく,パソコンで作れればもっといいではないか,となる。銀行のシステムをメインフレーム上で納期通りに動かしてもニュースにはならないが,パソコン上で作ればニュースである。しかし,パソコンにおいても,システムの肥大化・老朽化・ブラックボックス化・担当者の不在といった問題は発生する。先般,提起した「Excelレガシー問題」がそれである。企業の業務部門の担当者が開発したExcelを使ったシステムが正しい処理をしているかどうかが問われており,しかも修正ができなくなっている。

 この問題については,日経コンピュータ7月9日号に特集記事が掲載され,その記事を執筆した記者が別途,本欄に登場予定なので,ここでは立ち入らない。ちなみにその特集記事の題名は「“Excelレガシー”再生計画」とした。実は「パソコンにも2007年問題」と付けようとしたのだが,調べてみるとマイクロソフトのOffice2007への移行問題をそう呼ぶらしく,また問題ばかり強調するのはいかがなものかと思い,「再生計画」としてみた。

ITだけの問題ではない

 こう見てくると,肥大化・老朽化・ブラックボックス化・担当者の不在は普遍的な問題と言う気がしてくる。実際,2007年問題という言葉はITの世界よりも製造業において受け入れられ,ベテラン技術者の技能伝承といったことが真剣に議論されている。ITに関わらず,技術(テクノロジー)というものはいったん使われると便利なので適用範囲が広がり,複雑性が増し,ある程度の年月が経つと陳腐化する。ところが,テクノロジーによって,それまで人手でやっていた仕事を代替してしまうため,もともとがどうなっていたかが分からなくなってくる。

 2007年問題は,技術を適用する限り,必ずついて回る問題であり,それだけに単純な解決はあり得ないわけだ。そういってしまうと話が終わってしまうので,ITproの土俵である情報システムに絞って解決策・対策を考えてみたい。

 冒頭で紹介した2003年4月9日付の「『西暦2007年問題』の解決策を募集します」というコラムには多くの読者からご意見を頂いた。この場を借りてお礼を申し上げる。以前にも一度ご紹介したが,読者の意見とそれに対する筆者の感想,さらに読者とのやりとりやその後の取材活動を通じて筆者なりに考えた2007年問題を巡る文章を,経営とIT新潮流というサイトにまとめて掲載したので,関心のある方はぜひご覧頂きたい。

 改めてここで,情報システムの2007年問題の解決策をまとめておく。「若手が中心になって作り直す」。これしかない。作り直す際,長い年月を経て,膨れあがった現状の機能をすべて継承するのはナンセンスである。全体を見渡して,本当に重要なところ,本当に新規に必要なところだけを抽出して新しく作る。

 このあたりの機能選定や絞り込みやプロジェクトの進め方といったところについて,ベテランが若手を支援する。採用する技術や開発方法論は若手に任せて,新しいものを使うことにする。なぜなら,今後,システムを維持していくのはベテランではなくて若手だからである。

 システムの機能の選定は技術者だけでやることではない。本来,経営者や業務部門の役割であるわけだが,その指摘は日経コンピュータやITproではなく,日経ビジネスや日経ビジネスオンラインに書かないといけない。筆者がむやみやたらと兼務しているのはそういう理由からである。