記者は日経SYSTEMS7月号(6月26日発売)で「自信が持てる見積もり技術」という特集を担当した。そこで強く感じたのは,いわゆる「KKD(勘・経験・度胸)」は本当に必要ないのか,ということだった。

 ある中堅ベンダーのプロジェクト・マネージャ(PM)は,ため息交じりにこうつぶやく。「勘や経験に頼っていたときの方がよっぽど精度が高かったよ」――。同社では昨年より,FP(Function Point)法とWBS(Work Breakdown Structure)を標準的な見積もり技法に定めた。だが,逆に見積もりの“ブレ”が大きくなったという。

 別のメーカーの見積もり担当者は,会社から指定された見積もり支援ツールを使って規模や工数を算出している。しかし,算出手順がブラックボックス化したため,「ユーザーに根拠を聞かれても『ツールを使うとこうなる』としか言いようがない」(ある見積もり担当者)と話す。合理的・論理的な見積もり技法を使っても,見積もった本人がその根拠に疑念を持つようでは仕方がない。

 ここ数年で,FP法やCOCOMOIIなど,標準的な見積もり技法が定着してきた。ところが現場では,自分たちが算出した見積もり結果に自信を持てなくなってきているように感じる。

セオリー通りでも精度は上がらない

 なぜ,こうした状況になったのか。最も大きいのは,見積もり技法の“落とし穴”とでもいうべき限界があるからではないだろうか。

 例えば,どこにでもある保守開発。5000ステップのプログラムのうち1500ステップを改修し,2000ステップを削除した場合,開発規模を表すステップ数はどう数えるか。古くから使われるLOC(Lines Of Code)法ではルールが規定されていないので,人によって当然,数え方が異なる。

 経験のない技術や製品を使った新規開発。経験豊富な案件よりリスクが大きくなり,工数を上乗せする必要があることは分かる。標準的な技法では,これを「変動要因」として加味する。だが,変動要因の項目が現場にそぐわないケースは往々にしてある。

 5個のスケール要因と17個のコスト要因から工数を算出するCOCOMOIIの見積もり。「先例性の有無」という判定基準はレベル2が「大部分先例がない」,レベル3が「いくらかの部分で先例がある」である。こんな曖昧な表現では,人によって評価が分かれないほうが不思議である。

現場の知恵を技法に組み込む

 標準的な技法に落とし穴がある以上,それを埋めるために現場の工夫が必要になる。そこに,KKD(勘・経験・度胸)の存在意義があるように感じる。いくつかの現場の工夫を紹介しよう(詳しくは日経SYSTEMS7月号を見てほしい)。

 例えば,保守開発におけるステップ数の測定方法。人によって結果がブレやすいところだが,富士通のある部署では明確な“現場ルール”を作成している。

 具体的には,新規追加部分のステップ数はもちろんカウントするが,書き換えの部分はその個所のみカウントする。削除部分については,単独の行はそのままカウントし,連続した複数行は2行(削除部分の始めと終わりの行)とカウントする。

 日立製作所のある流通担当チームは,金融機関向けに設定された全社的な変動要因の判断ルールに“ノー”を突きつけ,自分たちの手で変動要因のルールを作り上げた。そこではCoBRA法と呼ぶ統計手法を使い,みんなが納得いく形でKKDに根拠を持たせたのが特徴である。具体的には各自が考えた変動要因について,それぞれに「最善」「平均」「最悪」という三つの影響度(工数の増加率)を設定。その平均値から,最終的な影響度を導き出した。

 工数見積もりにCOCOMOIIを使う日本ユニシスでは,ベテランでさえ間違えやすい変動要因の表現を全面的に書き換えた。例えば,先の「大部分先例がない」は「自社初である」,「いくらかの部分で先例がある」は「自社で先例が1件ある」とした。これにより,人による判定基準の差がほぼなくなったという。

 標準的な技法を現場で使いこなすには,足りない点を補う必要がある。ただ,KKDをそのまま使っていては説得力に欠けるし,自分でも自信を持てない。ポイントは,技法を補うためのKKDに,どうやって根拠を持たせるかである。KKDをベースに現場ルールを確立する,現場で使いやすい形に標準技法をカスタマイズする,などの工夫が求められる。それができれば,自分たちの見積もりにも自信を持てるはずだ。