情報通信審議会(情通審)の情報通信技術分科会電波有効利用方策委員会は2007年5月17日,「VHF/UHF帯における電波有効利用方策に関する考え方(案)」を公表した。地上アナログ放送の終了後に空くVHF/UHF帯に導入する無線システムの技術条件の検討結果をまとめたもので,その中で携帯端末向けマルチメディア放送システム(ISDB-T方式やMediaFLO方式,地上デジタルラジオ放送などが候補)と防災用の自営通信システム,移動通信システム,ITS(高度道路交通システム)に対する周波数の割り当て案が示された。

 情通審は6月11日まで実施した意見募集の結果を踏まえて,6月下旬に答申を行う予定である。その後は,周波数の取得を希望する事業者のうち,誰に周波数を割り当てるかという問題に焦点が移る。今回の周波数割り当ての対象となっている新システムのなかでは,特に携帯端末向けマルチメディア放送システムに熱い注目が集まっている。これは現在提供されている携帯端末向け地上デジタル放送「ワンセグ」の次世代版と言えるもので,CS放送のような多チャンネル放送を携帯端末向けに実現しようというものだ。

受信機小型化が容易なハイバンドを放送向けに

 情通審は今回の案で,マルチメディア放送に割り当てられるVHF帯について,放送と防災用の自営通信にそれぞれ32.5MHz幅の周波数帯域を割り当てる方針を示している。まず,第1~3チャンネル(90M~108MHz)を放送に割り当てる。放送と自営通信の関係者はともに,端末のアンテナを小型化したいという理由から,残る第4~12チャンネル(170M~222MHz)のなるべく高い周波数(ハイバンド)を割り当ててもらうことを希望していた。これについては,自営通信の用途が主に大災害の発生時に限られるのに対して,マルチメディア放送は常に多くの一般ユーザーの利用が想定されるという理由から,マルチメディア放送にハイバンド側の14.5MHz幅を割り当てることになった。

 こうした経緯から,今後は携帯端末向けマルチメディア放送システム向けに,ISDB-T方式での割り当てを目指す地上波放送事業者と,MediaFLO方式を採用するKDDIとソフトバンクなどとの間で,ハイバンドの争奪戦が展開されることになりそうだ。一つのサービス当たりで6MHz幅程度の周波数があれば,100以上の多チャンネル放送と短時間映像の配信サービスを実現できるという関係者もいる。その場合,一つの携帯端末向けマルチメディア放送システムを複数の事業者で共有すれば,周波数は足りることになる。しかし,地上波放送事業者が複数のシステムの導入を希望する可能性もある。

 こうした状況を懸念したためか,ソフトバンクモバイルは,VHF帯の放送用周波数を基本的に新規参入事業者に割り当てることを総務省に希望している。ISDB-T方式は既に据え置き型テレビ向けや携帯端末向け(ワンセグ)の地上デジタル放送でも使われており,地上波放送事業者はISDB-T用に1社当たり6MHz幅の周波数の割り当てをすでに受けているからだ。

 これに対して地上波放送事業者は,携帯端末向けマルチメディア放送にもワンセグと互換性のあるISDB-T方式(正確にはISDB-Tmm方式)を採用することによって,ワンセグとマルチメディア放送の共用受信機が開発しやすくなるメリットなどを訴えていくようだ。

 また,地上デジタルラジオの本放送を目指すエフエム東京(FM東京)などは,現在の実用化試験放送で第7チャンネルの周波数を使っている。だが,第7チャンネルの周波数は,情通審が自営通信に割り当てる方針を示しており,継続利用できない可能性が高くなってきた。今後は,別の周波数の取得を視野に入れて,デジタルラジオの導入メリットを訴えていくとみられる。

目指すサービスは多チャンネル放送と短時間映像配信

 このように携帯端末向けマルチメディア放送システムでは,いくつかの陣営が周波数の取得を目指しているが,それぞれが提供したいサービスには共通点も多い。具体的には,ISDB-T方式とMediaFLO方式では多チャンネル放送や短時間映像を流すクリップキャスト,IP方式によるデータ放送を実現しようとしている。

 この多チャンネル放送については,電波有効利用方策委員会が3月に開催した会合で,マルチメディア放送の検討グループから100チャンネル以上のサービスを実現すべきという考えが示されている。具体的には,NHKやフジテレビジョン,伊藤忠商事,メディアフロージャパンなどが,ユーザーニーズの調査結果などを説明した。NHKは多チャンネル化によってユーザーが1週間に接触するチャンネル数が増えるという調査結果を示して,携帯端末向け多チャンネル放送サービスのニーズは高いとした。フジテレビやメディアフローも,多様な専門チャンネルを視聴したいというニーズが高いことを示す調査結果を基に,100チャンネル以上を伝送できる周波数帯域を確保すべきとした。

 またクリップキャストは,ユーザーが移動中に携帯端末で視聴しやすいコンテンツとして期待されている。移動中のユーザーが視聴に使える時間は,例えば駅や待ち合わせ場所などでの待ち時間が想定される。こうした時間を埋めるために,ニュースやスポーツのダイジェスト映像など,数分間の映像番組が重宝されると考えられている。IPデータ放送では,映像番組の内容と関連するWebサイトのURLなどを送ることで,通信連携コンテンツや物販決済などの利用につなげようと考えられている。

MediaFLOの導入阻止に動く地上波キー局

 こうした携帯端末向けマルチメディア放送が2011年の地上アナログ放送の終了時以降に登場すれば,一般的な番組を流す「ワンセグ」では対応できない多種多様な専門情報に触れるメディアとして,ユーザーの関心も高まると予想される。

 しかし,現時点ではISDB-T推進派,MediaFLO推進派のどちらも,なるべく自らに有利な条件でVHF帯の放送用周波数を取得することが最大の関心事である。特にISDB-T方式を推進する地上波キー局は,米QUALCOMMが中心となって開発したMediaFLO方式が日本で普及することを警戒している。

 その理由の一つは,MediaFLO方式はISDB-T方式の対抗馬となるものだからだ。国産技術であるISDB-Tを世界でも普及させていくには,少なくとも日本で主流の方式になっている必要がある。もう一つの理由は,MediaFLO推進派が目指すビジネスモデルにあるとみられる。MediaFLO推進派は,放送受信機能を搭載した携帯電話機を普及させるため,携帯電話事業者が収益を得やすいビジネスモデルの実現を目指している。具体的には,携帯電話事業者と放送事業者などの共同出資会社が放送サービスの提供者になったり,コンテンツの課金は携帯電話事業者が担当するといった形を目指しているようだ。地上波キー局側からは,放送市場が異業界に浸食される可能性につながるように見えてしまうだろう。

 両陣営には,それぞれ一長一短がある。ISDB-T推進派は地上波キー局が音頭を取っているため,スカイパーフェクト・コミュニケーションズなどの放送事業者や,電通などの広告代理店,音楽,出版などのコンテンツ事業者,シャープなどの端末メーカー,NTTドコモなど強力なパートナーが既に参加している。ただし,携帯端末向けマルチメディア放送を実現するための規格化やシステム開発は,まだこれからの段階だ。

 MediaFLO方式については,米国の携帯電話業界で2位のVerizon Wirelessが携帯端末向け放送サービスを,全米20都市で2007年3月に開始した。米国最大の携帯電話事業者であるAT&Tも,2007年末のMediaFLOサービス開始を発表済みである。このように既に技術面では完成された方式と言える。ただし日本では,KDDIとソフトバンクモバイルが事業化を検討する企画会社を設立したものの,放送事業者などのサポートはまだ得られていないようだ。

世界では欧州方式の普及が進む

 このように携帯端末向けマルチメディア放送については,MediaFLO方式の導入を一致団結して防ごうとするISDB-T陣営,という構図ができあがっている。これに対抗するため,ソフトバンクモバイルが「地上波キー局には周波数をこれ以上割り当てる必要はない」と主張しているわけだ。しかし,筆者は両方式に対応したサービスが国内で競い合うことにも意味があるのではないかと思える。

 世界規模でみると,欧州は据え置き型テレビ受像機向けの地上デジタル放送方式「DVB」をロシアやオーストラリア,インド,アフリカ,中近東諸国,東南アジア諸国に広く展開している。欧州はこれを足がかりとして,DVBをベースとした携帯端末向け放送方式「DVB-H」の普及を目指すとみられる。欧州はGSM方式の携帯電話の普及にも成功している。そのことを考えれば,携帯端末向け放送を普及させる上でも,最も優位な位置にいると言えるだろう。

 日本では,総務省の「ICT国際競争力懇談会」が2007年4月,国内メーカーが製造した携帯電話機とISDB-T方式に対応した放送システムを世界規模で普及させるため,政策や資金援助などの方策を公開した。しかし,世界に通用する日本発の製品やシステムを作り上げるには,それだけでなく,技術力と価格競争力を練り上げることも重要だ。そのためにはMediaFLO方式との競争によってISDB-T方式の魅力を向上させるという考えもあっていいと思えるのだが,どうだろうか。読者の皆様のお考えも頂戴できると幸いである。なお,日経ニューメディアでは7月23日,こうした携帯端末向けマルチメディア放送の最新動向をテーマに「通信・放送融合がもたらすビジネス新潮流」というセミナーを開催する。ご関心をお持ちの方は,ご参加いただければ幸いである。