「企業内Web2.0は,いずれ新鮮な“知識”を求めて企業の枠を超えていくはず」――。数カ月前,コミュニケーション・ツールの研究開発に携わっている大手ITベンダーのA氏を取材したとき,A氏はこのような考えを披露してくれた。話を聞いて,筆者はなるほどと思いながらも,記事の中には書かなかった。やや先走った考えであるような印象を受けたからだ。しかし,筆者の心の中で,この話がずっと気になっていた。

 ブログやWiki,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を企業内で利用する「企業内Web2.0」への関心が,どんどん高まっている。個々の社員が自由に情報発信することによって,社内でコミュニケーションや知識の蓄積が進むだけでなく,「誰がどんなことに詳しい」という「KnowWho(ノウフー)」の情報なども蓄積されていく。これは,従来型のグループウエアだけでは得がたい成果であり,大きなメリットである。

 しかし,冒頭で紹介したA氏は,企業内Web2.0にもっと欲張った考えを持っていた。情報を共有・継承していくだけでなく,Web2.0で「新しい発見」や「イノベーション」を生み出したい。それが,Web2.0の真価だと期待しているからだ。「本当に役立つ知識の多くは“外”にある。だから,例えばブログっていうのは,境界なく,全世界でやった方がいい。社内ブログには,自ずと限界があると思う」とA氏は話す。

 A氏は,社内でブログやWikiを利用している。Wikiは,ノウハウを蓄積・継承するツールとして非常に有用だと評価する。ブログも,使い始めのころは盛り上がった。ただ,ある程度時間が経つと,社内ブログは次第にしぼんでいったという。

 インターネット上でブログが大流行しているのに,A氏の社内では,なぜブログの利用がしぼんでしまったのか。その理由は「だんだん新しい刺激が得られなくなったから」とA氏は説明する。ブログの書き手がネタ切れになるという事情もあるだろうし,読み手の側も,同じ企業文化に染まった人の発想では物足りなくなる,という面がある。それゆえA氏は,企業内ブログやWikiなどの場を,いずれ“外”に広げていく必要があると考えている。そこには,より多くの人と,異なる文化・発想から生まれた新しい知識があるからだ。

 取材時にここまでの話を聞いて,筆者は「なるほど」と思いながらも,引っかかる点があった。それをA氏に聞いてみようと思った矢先,A氏の方から,筆者の疑問に答えてくれた。「この考えをお客さんに話すと,必ず“どん引き”される。社内の情報を他の会社と共有することに,ものすごく抵抗があるからだ」とA氏は苦笑する。筆者は「やっぱり」と思った。

 それでもA氏は,あまり悲観していない。「若い世代は,他社と交わることにあまり抵抗がないようだ。世代とともに,企業内Web2.0も育っていく」と見ている。筆者はすでに40歳代なので,自分の感覚としては「抵抗感があって当然」と思う。だが,30代のB記者にこの話をしてみたら,彼は「オープンソース・コミュニティにいる技術者の中には,自分の会社に戻ればライバル同士という人たちが多い。そういう関係にあっても,コミュニティでは共通した目標に向けて,技術者同士がノウハウを出し合っている。A氏の考え方には一理ある」と話す。

 社外の顧客やパートナーを巻き込んだコラボレーションの例としては,米IBMが昨年開催した「Innovation Jam」というイベントもある。世界104カ国のIBM社員,67社の顧客企業,パートナー企業などが,今後5年間に取り組むべきイノベーションのアイデアをネット上で出し合い,議論するというものだ。わずか3日間のことだが15万人が参加し,4万6000件以上のアイデアが集まったという。IBMは10個に絞ったアイデアに対し,2年間で1億ドル投資すると発表している。

 企業内Web2.0は,いずれ企業の枠を超えるのか。それを占う断片的な材料はあるが,まだ明確な方向性を示せるほどではない。皆さんはどうお考えになるだろうか。