経済産業省が5月1日,「情報システムに係る相互運用性フレームワーク案」に対するパブリックコメントの募集を開始した(関連記事)。そのキモはプロプライエタリな製品や技術に対する依存からの脱却を目指していることだ。政府が「『Microsoft Windows XP Professionalと同等以上』,『一太郎と同等以上』や『最新のMicrosoft Wordと同等以上』といった,商標名を記述した調達はデータへのアクセスの永続性や公平性の確保,総合運用性の観点から望ましくない。『POSIX 規格に準拠したオペレーティングシステム』や『OASIS 公開文書形式標準に準拠した文書を扱えるワードプロセッサ』などオープンな標準に基づく調達を行うことが望ましい」とうたわれている。

 このフレームワーク案は2007年3月に総務省が公開した「情報システムに係る政府調達の基本指針」に関連して経産省が整備されたものだが,経産省が3年前から進めてきた動きが,ようやくオフィシャルな形で出てきたものでもある(関連記事「IEでしか読めないページ,Windowsでしか使えないシステムは不適」,経産省が調達ガイドライン作成へ)。どのベンダーの製品であっても公平に望ましくないわけだが,実際のシェアを考えると「脱Microsoft環境依存」がこのフレームワークのもたらす影響の最大のものの一つであると言える。ただし目的はMicrosoft環境から移行することではなく,そこから移行しようと思ったときにそれが事実上できない,という依存状況からの脱却だ。

各国政府が規定する相互運用性フレームワーク

 こういった相互運用性フレームワークは,既にいくつかの国に例がある。イギリスドイツデンマークオーストラリアブラジルニュージーランド香港など。政府がITでより良いサービスを提供するために,XMLなどのオープンな標準を活用し,相互運用性の確保を計る方針などが記述されている。

 またUNDP(United Nations Development Programme,国連開発計画)は,4月18日から20日にかけて,中国北京で政府公共機関の情報システムの相互運用性確保を目的とするGovernment Interoperability Frameworks Workshopを開催した。WorkShopに出席したIBM Software and Standards Vice PredidentのKarla Norsworthy氏は「アジアを中心に17カ国から政府やIT関係者が参加し,規制に基付き相互運用性の確保を推進していくことで合意した」という。

 ISO標準ともなっているオフィス・ソフトのフォーマットODF(Open Desktop Format)の推進団体ODF Alianceは,ODFを採用することで,オフィス・ソフトの選択肢が拡大し(無償で利用できるOpenOffice.orgも使用できる),コストが削減できると主張する(ODF Alianceによる政府が採用事例のコスト削減予測,PDF)。

 実際に既存のWindows資産を移行することがコスト削減になるかどうかは,ユーザーの再教育やサポート,既存データの移行コストなどがどの程度かによって異なるため,ケース・バイ・ケースであろう。

 しかし,それ以前の段階として,「データにアクセスするために特定の製品を購入しなければならないなど,利用者に新たな投資を強いるものであるべきではない」という経産省のフレームワーク案の言葉はうなずける。というのも,現状はこの言葉と大きくかけはなれているからだ。

「特定ベンダーの製品利用を強いる」政府のシステ厶

 「問題は国や県庁からの調査報告依頼だ。WordやExcel,一太郎などプロプライエタリなソフトウエアに依存するものがほとんど。しかもExcelであればVBマクロやVB Scriptを使用しているため,OpenOffice.orgで扱う際の障害になった」---“全事務職員がLinuxを使う町役場”として知られる栃木県二宮町(関連記事)で,導入担当を務めたNECの大木一浩氏はこう指摘する。二宮町は経産省の「電子自治体に向けたオープンソフトウエア導入実証に参加して,140台をWindowsからLinuxデスクトップへ移行した。しかし,最大の問題がほかならぬ政府や自治体から送られてくるドキュメントだった。

 また,IPA(情報処理推進機構)は2006年度にWebサイトが特定のブラウザでないと正しく表示されない可能性についての調査を行っているが,経済産業省では61サイトのうち12サイト,総務省では103サイトのうち13サイトで,ブラウザ間の非互換性につながる可能性のある記述があった(IPAの調査報告)。

 このような状況は,確かに政府が国民や地方自治体に対し,特定のソフトウエアを推奨,強要しているとも言える。もちろん,担当者は無自覚に選択しているだけのことだろうが,政府が目指しているはずのベンダー・ロックインからの脱却に対し,政府自身が最大の障壁の一つになってしまっている。その状況が改善されるだけでも,選択の自由の大幅な拡大につながることは間違いない。

デファクト・スタンダードの光と影

 情報システムの世界では長らく,先に普及させたものが事実上の標準を勝ち取るという「デファクト・スタンダード」が,デジュールなど「話し合いによる標準」を抑えてその役割を拡大してきたように思う。話し合いによるスタンダードの欠点はスピードだ。話し合いによる標準化は民主主義と同じで時間とコストがかかる。技術が急激に,かつ進むべき方向が試行錯誤の中で進展する中でデファクトのスピードが市場に支持された。

 しかし近年,話し合いによる標準が重みを増してきていると感じる。その背景にはデファクトの持つ独占の弊害に対する警戒,技術の成熟がある。そしてインターネットの拡大による「つながることによるメリットの拡大」があろう。かつてはパソコン単体,マシン単体で稼働していたアプリケーションも,インターネットに常時つながることで共有されること,あるいはWebサービスなどの形で連携することの価値が指数関数的に高まっていく。

 もちろん,話し合いによる標準は平和裡に優れた技術が選択される場ではない。ベンダー同士が利害関係をぶつけ合う政治交渉の場でもある。前述したUNDPのワークショップも米IBMと米Oracleがスポンサーになっているが,単に社会貢献をしているわけではなく,ビジネス拡大のメリットを見出してのことだろう。

 坂村健氏は,標準はありがたがるものではなく,確固たる戦略のもとで,その標準を採用するか否かも含め状況に応じ利用していくものと説く(関連記事)。ベンダー・ロックインからの脱却の試みが,ITのコストと品質向上をもたらす実効あるものとなるか。経産省はフレームワーク案へのパブリックコメントを5月30日まで受け付けている。