3月に米Googleと同社傘下のYouTubeを著作権侵害で訴えた米Viacom。テレビ局の「CBS」や映画会社の「Paramount Pictures」,音楽テレビ局の「MTV Networks」などを傘下に持つViacomが,インターネット動画配信に否定的だと考えるのは早計だ。むしろViacomは,YouTubeを見捨てて,別のパートナーに賭けたのではないだろうか。そのパートナーは,ルクセンブルグのJoostだ。
Skypeを創立したNiklas Zennstrom氏とJanus Friis氏が始めた「Joost」は,ピアツーピア(P2P)の動画配信システムである。筆者は4月に米国サンフランシスコで開催された「Web 2.0 Expo」でJoostのデモを初めて見たが,その可能性に大いに驚いた(関連記事:【Web 2.0 Expo】オープンソースのP2P映像配信システム「Joost」を披露)。
専用アプリケーションを使った動画配信
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写真1●Joostのチャンネル・リスト [画像のクリックで拡大表示] |
厳密に言うと,JoostもWebブラウザを使っている。Joostのアプリケーションは,FireFoxのブラウザ・エンジンを内蔵しているのだ。Joostのアプリケーションでは,動画を再生する画面上で,きれいにデザインされた「チャンネル・リスト」を利用できるだけでなく(写真1),「ガジェット(HTMLとJavascriptで作られたミニ・アプリケーション)」を利用したりもできる(写真2)。
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写真2●Joost上で動くガジェット 左上から「メモ帳」,その下が「Google Talk互換のインスタント・メッセンジャー」,その下が「RSSリーダー」,右上が「チャンネル・チャット」で,その下が「ユーザー招待ツール」,その下が「時計」 [画像のクリックで拡大表示] |
現在Joostは,招待者限定でサービスを提供しており,Joostを利用するためには既存ユーザーに「招待」してもらう必要がある。筆者も人づてにJoostに招待してもらって,Joostをようやく試せたのだが,そのユーザー・インターフェースには感心した。
画像をふんだんに使ったチャンネル・リストや,動画(番組)を再生中に同じ番組を見ているユーザーとチャットができるというガジェットを使ったチャット機能,Googleなどのインスタント・メッセンジャー(IM)と互換性があるガジェットのIMアプリケーション--。「新しいテレビがここにある」と思ったほどだ。
P2Pアーキテクチャで動画配信コストを抑える
YouTubeと異なる第二点は,既に触れたことでもあるが,P2Pアーキテクチャを採用している点だ。YouTubeはGoogleに買収されるまで,「動画配信コストがあまりに巨額であり,早期に資金が枯渇するのではないか」と見られていた。日本でも「Gyao」を運営するUSENや,子会社のニワンゴが「ニコニコ動画」を運営しているドワンゴなどが,動画配信事業で赤字を計上している。動画配信にかかるネットワーク使用料はバカにならない。
2007年1月に設立されたばかりであるJoostの財務状態はよく分からない。それでも,クライアントが中継ノードにもなるP2Pアーキテクチャを採用するJoostの方が,Webブラウザを使った動画配信サービスよりもネットワーク使用料を抑えられるのは間違いないだろう。筆者が自宅のパソコン(Joostはプロキシ・サーバー経由で利用できないため,社内で検証できなかった)で何本か番組を再生してみたところ,VGA相当と思われる動画がなめらかに再生できた。Joostには既に,かなりの配信能力が備わっているようだ。
コンテンツ・ホルダーと広告主に向き合うJoost
YouTubeと異なる第三点は,Joostが起業当初からコンテンツ・ホルダーと広告主に顔を向けている点だ。筆者はこれこそが,JoostがYouTubeと最も異なる点ではないかと感じている。
YouTubeにおいて,ユーザーが勝手にアップロードしたテレビ番組や有償コンテンツが人気を博しているのは周知の事実である。しかし,YouTubeはその名が示すとおり,本来は「ユーザー作成コンテンツ(User-generated content)」を配信する場である。最近は,米Warner Music Groupや仏Vivendi参加の米Universal Music Groupといったレコード会社がYouTubeで音楽ビデオを配信しているが,これらはあくまでCDや有償音楽配信の販売促進が目的だ。
一方のJoostで配信されるのは,ユーザーが(非合法的なものも含めて)アップロードしたコンテンツや販促ビデオではなく,Joostと提携するコンテンツ・ホルダーが作成した「番組」だけである。YouTubeが「ユーザー作成コンテンツ」という新しいコンテンツの配信を指向しているのに対して,Joostは既存の「テレビ放送」を強く指向している。
Joostが目指す「TV 2.0」
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写真3●ad:techで基調講演を行うJoostのExecutive Vice PresidentであるDavid Clark氏 [画像のクリックで拡大表示] |
ad:techの基調講演でClark氏は「インターネットではユーザー作成コンテンツが人気を集めているが,既存のテレビ放送も良いものであるのは間違いない」と言い切った。Clark氏は,「テレビ放送の優れた点は,丁寧に作られた番組が存在すること。『Heroes』や『24』といったドラマ,『American Idol』といったリアリティ・ショー,スポーツ番組の共通点は,物語(ストーリー・テリング)がよく練られていること。物語は重要だ(Story Telling Matters.)」と指摘し,現在のインターネット動画には,丁寧に作られた番組が欠けていると主張した。
テレビ放送に「丁寧に作られた番組」が集まっているのは,コンテンツ・ホルダーがコンテンツを提供し,大企業の広告主が資金面を支えているからだ。Joostが目指すのは,「広告収入によって支えられたテレビ放送」という枠組みを,インターネットに持ち込むことだ。
Clark氏はJoostのことを,消費者にとっても広告主にとってもメリットがある「TV 2.0」と説明する。消費者にとってのTV 2.0とは「コントロールできるTV」だという。Joostではユーザーは見たい番組をオンデマンドで選択できるし,様々な番組を組み合わせて,自分だけの「チャンネル」を作って保存したり,友達に紹介したりできる。
広告主にとってのTV 2.0とは「双方向性(Interactivity),計測性(Measureability),ターゲット性(Targetability)を備えたTV」というものだ。Joostでは,ガジェットを使うことで動画を再生する画面の上に広告を表示させられるし,「投票ガジェット」を使ってユーザーの反応を探ったりもできる。また,既にJoostには「Red Bullチャンネル」といったスポーツ・チャンネルが存在しており,このような「ブランド露出」も可能であるという。
あの「KaZaA」の開発者なのに…
ad:techの基調講演では,Joostが既にViacomなどの数多くのコンテンツ・ホルダーや(写真4,5),大手広告主(写真6)と提携していることも披露された。広告主には,米Coca-Colaや米Motorola,米Nike,米General Motors,フィンランドNokia,ソニーといった消費財メーカーや,米Hewlett-Packardや米IBM,米Intel,米MicrosoftといったIT大手のほか,米United Airlines,米陸軍,米Visaなども名を連ねている。
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写真4●Joostと提携するコンテンツ・ホルダー(その1) [画像のクリックで拡大表示] |
写真5●Joostと提携するコンテンツ・ホルダー(その2) [画像のクリックで拡大表示] |
写真6●Joostと提携する広告主 [画像のクリックで拡大表示] |
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写真7●Joostの基調講演後にできた名刺交換を求める列 [画像のクリックで拡大表示] |
JoostやSkypeを創立したNiklas Zennstrom氏とJanus Friis氏の名を一躍有名にしたのは,彼らが開発したP2Pファイル交換ソフトの「KaZaA」であった。コンテンツ・ホルダーに忌み嫌われたKaZaAを開発した両氏が,これだけコンテンツ・ホルダーや広告主に支持されているのは,快挙でさえあろだろう。
YouTubeが,ユーザー作成コンテンツという新しい楽しみを開拓したのは間違いない。ブログ界には「テレビ番組は見ないけれども,YouTubeは見る」という声も溢れている。しかし,いまだに多くの人々はテレビ番組を見続けているし,YouTubeで見られているコンテンツも,元をただせばテレビ番組であることが多い。テレビ放送をインターネットに持ち込もうとしているJoostの取り組みは,わずか半年でかなりの成果を収めようとしている。Joostが,インターネット動画配信における台風の目になるのは間違いないだろう。