日経情報ストラテジーがここ数年,継続的に取り上げている話題に「トヨタ流企業改革」がある。トヨタ自動車の工場での改善努力にヒントを得ながら,あらゆる企業のすべての部門で業務改善を進めていこうというものだ。

 ここに,IT(情報技術)を組み合わせると,どうなるか。最近,トヨタ流とシステム活用の融合という新たなテーマを探るのに適した事例に出会ったので紹介してみたい。

 トヨタ車を販売する地域ディーラーの1つである神奈川トヨタ自動車(横浜市)は2001年から,販売店の営業現場にトヨタ生産方式の改善の考え方を組み込んだ業務改革「BR(ビジネスリボリューション)」に取り組んできた。トヨタ流企業改革の本家であるトヨタ自動車自身から指導を受けて,営業現場を変えようとしているだけに,どの企業にとっても参考になる取り組みが満載だ。

 なかでも記者が注目したのが,営業現場における「ジャスト・イン・タイム(JIT)」の実現である。必要な物を必要な時に必要なだけ生産し,配送するというトヨタの自動車工場におけるJITの考え方を営業現場にも当てはめて,販売店に根づかせる試みである。

 記者はこの動きを「営業JIT」と呼ぶことにした。営業JITは今後,すべての営業や販売現場で求められる「顧客に選ばれる必須条件」になると,記者は確信している。

 営業JITを実践するうえで,絶対に外せないキーワードは「顧客が望むタイミング」である。神奈川トヨタには「質よく漏れなくタイミングよく」という標語があるが,これは言い換えれば,「すべての顧客に対して,その望むタイミングを理解し,営業JITを実践しよう」という主旨が読み取れる。

 これまで日経情報ストラテジーでもたびたび紹介してきた「見える化」は,営業JITの最初の一歩に相当する。顧客との商談の進ちょく状況を管理するボードを作成して販売店の壁に掲示したり,あらかじめ時期が決まっている車検日などの案内はがきの送付を,日付を明確にした専用の棚を使って日次管理するといったことは,見える化の典型例であり,営業JITそのものである。

 大事なことは,どのタイミングで顧客にアクセスするのが「顧客にとって」一番都合がよいのかを理解しようとすることである。営業現場ではどうしても,予算やノルマの達成を迫られた営業担当者が「自分たちの勝手な都合のタイミング」で顧客にアクセスしてくる場面が頻発する。これは営業JITとは正反対の行為であり,顧客中心主義や顧客第一主義を唱える企業であれば,いますぐに止めなければならない。

大福帳から顧客が望むタイミングを探る

 見える化だけでもすぐに実践する価値があるが,神奈川トヨタはそれだけにとどまらず,営業JITを推進するために自社で独自のシステムも開発した。それが「大福帳システム」と呼ばれる顧客データベースである。その一番の機能が「顧客とのコンタクト履歴管理」だ。もちろん,コンタクト履歴管理の目的は,顧客が望むタイミングの把握である。

 繰り返すが,営業JITに取り組もうと思ったら,営業担当者は顧客が望むタイミングを理解しなければならない。そのためには,日々のコンタクト履歴の管理が不可欠になる。車検日のように最初から時期が決まっているものは棚のはがきで管理してもいいが,コンタクト履歴はシステムなり,それこそ昔ながらの紙の大福帳に記録しておかなければ,販売店全体で情報を管理・共有することはできない。

 顧客がいつ,どの店舗で,どんなサービスを受け,何の部品を交換し,代わりにどんな装置を取り付けたのか。営業担当者とどんな会話を交わし,最近どんなことに興味や不満を持っているのか。顧客が望むタイミングで新しい提案やイベントの案内をするには,こうした情報が欠かせない。それを管理するのが大福帳システムなのである。

 コンタクト履歴が更新されていないと,顧客が望むタイミングを理解できないので,結局は営業担当者都合のタイミングが優先されてしまう。

 例えば,自動車部品販売のイベントがある時に,顧客に案内のはがきを出すにしても,そもそもイベントに興味がない顧客や,最近同様の部品を交換したばかりの顧客,クレームを言ってきたばかりの顧客などにまで安易にはがきを出してしまったり,電話をかけて,かえって迷惑がられることになる。営業JITの逆をいく失敗例だ。そうならないためにもコンタクト履歴の更新が不可欠になる。

 もっとも,営業JITは現場の意識改革が伴わなければ成功しないことを肝に銘じておきたい。上司から部下に至るまで,販売店にいる全従業員が顧客が望むタイミングを優先する考え方に意識を転換しなければならない。

 そして,面倒でもコンタクト履歴をシステムに入力し続け,営業担当者「個人」としてではなく「店舗全体」として顧客との接触実績を管理する。「あの顧客は,私の顧客だ」という営業担当者個人の縄張り意識はコンタクト履歴の共有を阻害するので,時間をかけてでも改めていく。それこそが,営業JITを実現する大きなポイントなのである。神奈川トヨタも今,そうした意識改革に多くの時間を割いている。