先月,経済同友会の代表幹事に,リコーの桜井正光会長が就任した。選出の理由は,「技術系出身で,リコーを技術力や環境経営で評価される高収益企業に育てた」ためという。桜井氏は96年に8人抜きで社長に就任(当時54歳)。この4月,会長に退くまでの11年間に同社の売上高を約2倍の2兆円に拡大し,13期連続の増収を達成した。

 リコーは、昨年9月に日経コンピュータが実施した「企業の『IT力』ランキング」で総合1位を獲得している。「IT力」とは,ユーザー企業のITガバナンスがどの程度のレベルにあるのかを他社と比較するための“物差し”として同誌が開発した。リコーは特に,システムの投資効果を徹底して追いかけ,成果を確実に刈り取る「IT投資の管理」で強さを見せた。

 だが「IT力のリコー」より,「環境経営のリコー」のほうがはるかに筆者の耳になじむ。同社は日本経済新聞が97年から毎年実施している環境経営度調査で4回,1位を獲得した日本のトップランナーだ。また'00年~'05年に筆者が日経BP環境経営フォーラムという環境経営の情報を発信する企業組織に所属していた時には,次々に環境経営の新政策をリコーが打ち出すのを目の当たりにした。

 桜井氏はまだ「環境対応は経営コスト」と言われていた90年代の後半に,いち早く「環境と経営は同軸」という持論を打ち出した。掛け声だけの経営者も多い中,「企業の成長と環境保全は両立する」と本気で考え,「環境経営は会社を強くする」を実証してみせた。

「環境」を軸にマネジメントシステムを確立

 リコーの環境経営が他の会社と何が違うのかと言われれば,経営トップによる強力なコミットメントと,マネジメント・ツールとしての徹底活用にある。「環境」を軸にマネジメントシステムを確立し,それを事業活動の様々な局面に展開し,現場のやる気を引き出すことに成功した。

 桜井氏は,日経エコロジー誌2005年4月号のインタビューの中で,環境経営を定着させる3つの秘けつについて,次のように語っている。

 「まず,『環境保全と経済的な価値の増大を両立させる』という理念を徹底して社員に刷り込む。次に,小さなことでもよいから,やればできるという実績を作り,理念だけの話ではないことを実感させる。さらに,理念をブレークダウンして具体的な目標と行動計画に落とし込み,それを実現するための計画と管理,推進,評価というPDCAサイクルをきちんと回していく」。

 まず,「理念」の刷り込みだが,ここがまさに桜井氏の真骨頂だ。もともと管理工学の専門家で「環境経営で利益を出す」という持論に絶対的な自信を持っていた同氏は,「生産性を上げて利益を生み出すのと同じやり方で,環境活動でも利益を生み出せる」と,インタビューや講演会などで発言を繰り返していた。

 「環境経営のリコー」のプレゼンスを高めようとした理由は,対外的なイメージの訴求という狙い以上に,社員に対するメッセージ,すなわち“トップの本気度”を知らしめることにあった。

 
2002年10月,日経BP環境経営フォーラムは,特別会員企業30社の経営者を集めて「環境経営トップ・ミーティング」を初めて開催した[画像のクリックで拡大表示]   「環境」について自分の言葉で語れる経営者がまだまだ少ないこの時期,現役の社長が参加したのはリコーとアサヒビールだけだった[画像のクリックで拡大表示]

 さらに重要なのは「実践」だ。リコーは企業の成長と環境保全の両方について高い数値目標を設定し,着実に成果を上げていった。第15次中期経営計画の環境行動計画では「年間8%以上の事業拡大を見込んだ上で,2007年度までに2000年度比15%の環境負荷を削減する」といった企業全体の目標を掲げ,これを部門レベルの目標と行動計画に落とし込み,実施と検証を繰り返すマネジメントシステムを実践している。

投資の成果を確実に刈り取る

 マネジメントシステムの仕組みは誰でも作れるが,問題はその運用だ。リコーは運用の実効性を高めるために,「環境活動を業績評価に取り入れる」「プロジェクトごとの環境会計を作成し,投資対効果を明確にする」という2つの施策に重点的に取り組んだ。

 リコーは,幹部社員のやる気を引き出すため,いち早く部門の業績評価に環境の視点を導入した。99年から「バランスト・スコアカード(BSC)」の考え方を応用し,「戦略的目標管理制度」という業績評価制度を導入しているが,「財務」「顧客」「社内ビジネス・プロセス」「学習と成長」の4つの視点のほかに,「環境保全」の視点を加えているのが特徴だ。

 実際には,3年ごとに作る中期経営計画の達成状況を,半年ごとに戦略的目標管理制度でチェックする。評価結果は課長代理以上の幹部社員の賞与に連動する仕組みだ。この制度の導入によって,各事業部が競うように,ゼロエミッションやグリーン調達などの環境対策に取り組むようになったという。

 「環境投資がどれくらい経済効果を上げたか」を明確にする指標づくりも重要な施策だ。リコーでは「セグメント環境会計」という独自の“物差し”を使い,個々の環境投資プロジェクトごとに評価と検証を進めている。すなわち償却期間内にかかるコストと,投資によって期待される経済効果及び環境負荷削減効果を見積もり,ROI(投資に対する利益率)を算出する。

 環境投資に対する事業部門の責任を明確にし,成果を確実に刈り取ることが狙いだ。実際、コージェネレーション・システムの導入など多くの投資の意思決定に、この指標が使われている。

「環境」で鍛えたマネジメントをITガバナンスに生かす

 リコーが“IT力 No.1”を獲得できた背景には,環境経営によって培われたマネジメント力があったと想像できる。事業戦略に沿った目標管理制度によって,ITによる事業開発や業務改革の実践力を徐々に高めていったのである。

 日経コンピュータ2006年10月2日号のインタビューの中で桜井社長(当時)は,「会社全体の戦略を部門の目標に,さらに社員個人の目標に落とし込み,個人レベルでのブレークスルーを成し遂げることで,最終的に会社目標を達成する──これはIT投資に限らず,事業全般について確立した流れだ」と語っている。

 例えばこの3月,リコーのリサイクル事業は,98年の開始以来初めて黒字化を達成した。販売台数が前期比8割増加し,3億2000万円の営業利益を見込む。2003年度には29億円まで赤字が広がるなど苦しい時期が長く続いたが,9年の歳月を経て悲願の黒字化を達成したのである。

 実は黒字化には,ITが重要な役割を果たしている。リサイクル事業では年間約20万台の多機能複写機を回収し,消耗した部品を交換して再生機(RC機)として販売している。リユース部品の使用率は質量比で82%に達し,同機種と比べてエネルギー消費量とCO2排出量が約4割低い。価格も同機種の新製品に比べて2~3割安い。

 一方で,RC機は回収コストなどがかかり,1台当たりの利益率は新製品に比べて低い。販売部門としては利益率の高い新製品を優先して売りたいのが本音だ。

 そこでリサイクル事業の担当者は,RC機1台当たりの利益率を高くするため,ビジネスプロセスを根本から見直した。ここで威力を発揮したのがITである。回収,分解,選別,洗浄,組み立て,販売の各プロセスでどれくらいコストがかかっているかを徹底して「見える化」した。その結果,最終的に残る廃棄物の処分コストが大きいこと,使用済み複写機の回収など流通コストが大きいことが問題として浮上した。

 このため複写機の設計を見直し,部品のリサイクル比率を高めることで最終処分量を削減するとともに,製品の流通システムを開発した。製品1台1台にIDを付け,使用済み複写機の回収状況や,再生工場における在庫状況を把握し,RC機の注文に即時に対応できる体制を整えた。こうして,プロセス改革と同時に,再生機の販売力を強化することで,ついにリサイクル事業の黒字化を果たしたのである。

トップの信念が現場を動かす

 経営トップ直属のスタッフとしてリコーの環境経営を推進してきた社会環境本部本部長の谷達雄氏は,桜井氏の強力なリーダーシップが不可欠であったと語る。「桜井会長は“環境と利益は両立できる”と心底信じていた。目標が達成できそうもない時には『おまえたちのアイデアが足りないからだ。もっとよく考えろ』と叱咤激励された。その声に後押しされて少しずつ前に進んでいくうちに,『やればできるんだ』という自信を社員全員が持つようになった」。

 リコーは,現場を動かすためのマネジメント・ツールとして環境経営を存分に活用した。環境保全に貢献しつつ利益を出すという仕事に対する「誇り」,高い目標に少しずつ近づくことで得られる「自信」,そして何よりも,環境経営というビジョンの実現へと着実に社員を導く経営トップへの「信頼」。これらは全て社員の働きがいを高めるために作用し,高収益な企業体質を作り上げた。ここにリコーの強さがある。