「日本のソフトウエア産業,衰退の真因」と題した松原友夫氏の論文を「経営とIT新潮流」というWebサイトに公開したところ,多くの読者に読んでもらうことができた。さらに,あちらこちらのWebサイトやブログから,松原氏の論文を巡る意見や感想が発信された。そこで改めて,松原氏に論文に込めた思いを伺うとともに,論文ではあえて記載を避けた「日本のソフトウエア産業復活策」についても語って頂いた。

(聞き手は谷島 宣之=「経営とIT」サイト編集長)


あの論文はもともと,2005年10月に発行された日経ビズテックNo.9に,「停滞産業復興計画」という特集の一部として掲載されました。原稿を松原さんにお願いした意図は,一般のビジネスパーソンにソフトウエア産業がどのような状態にあるかを伝えよう,というものでした。経営とIT新潮流というWebサイトも,経営者やビジネスリーダー向けなので,今回まったく同じ原稿を転載した次第です。一方,ITの専門家向けサイトであるITproにおいても,松原論文は反響を呼びました。連載の番外編をわざわざ書いて,あの論文に呼応する対策を発表された寄稿者もいます。そこで改めて松原さんに,日本のソフトウエア産業についてご意見を伺おうと思います。執筆されたほぼ2年前も今も,考えは変わっていないと仰っていましたが。

 2年前どころか,もうずっと前から私は同じことを言い続けています。あの原稿を書いた時も,今も同じです。日本のソフトウエア産業は今の体制のままで本当にいいのですか,と問うているのです。この問いは,ソフトウエア産業というより,この産業のことを詳しくご存じない,他の産業の方々にぶつけなければいけません。

ソフト産業を変えるのはユーザー企業

 というのは,ソフトウエア産業体制を変える最大のカギを,ソフトウエアを発注するいわゆるユーザー企業が握っているからです。ユーザー企業がソフトウエア会社に「技術者を人月単価で派遣するのではなく,成果に責任を持って請け負って欲しい」と言えば産業体制は変わります。もっとも,そうするにはユーザーに,開発に耐える要件をまとめる力がなければなりません。これはシステムを作るなら当然のことです。

「派遣から請負へ」と言うと,一部のITの専門家から誤解や反発をかうようです。「無理だ」とか「契約形態が問題の本質ではない」とか。

 知的産業で派遣という契約形態は,技術者,それも優秀な技術者を駄目にします。派遣形態の場合,右向け左向けと命令されて仕事をすればよいので,人を受け身にするばかりか,時には悪い条件で働かされ,精神的にも,体力的にも,耐え難い状態になることがあります。といって技術者が学んで効率を上げると,ソフトウエア会社の儲けは減ってしまいます。大学でソフトウエア・エンジニアリングをしっかり教えようという動きがありますが,産業体制がこのままでは無駄に終わるでしょう。大学で習ったことを実践する場所も機会もないまま,若手は開発現場をたらい回しさせられるわけですから。

 付け加えれば,ソフトウエア会社の幹部にとっても派遣ビジネスはよくありません。派遣中心の会社の仕事は,基本的には人の手配をして時間を売ることですから,普通の会社でいう経営は必要ありません。そのため,幹部は単なる手配師に堕落する傾向があります。創造的なビジネスを企画し,顧客を開拓する高度な経営判断が必要な仕事ができなくなるのです。彼らにとって改善はおろか品質さえ人ごとなのです。

 派遣を一切止めろと言っているわけではありません。ある製品や技術に図抜けたスキルを持っている技術者が技術サポートをする場合,一定期間の派遣契約にしたほうがいい場合がある。また,技術者が様々な業種業態で経験を積めるといったプラスの面が派遣にはある。ただし,設計や開発を担当する技術者がずっと派遣で仕事をしていては疲弊してしまいます。ある程度現場が分かってからは,開発量を自力で見積もってきちんと仕上げていく仕事をしなければ,その技術者は成長できません。

 いい表現ではありませんが,優秀な技術者ほど“塩漬けの悲劇”に遭遇する危険があります。あるソフトウエア会社が10人技術者を派遣したとしましょう。お客が「こいつとこいつができるから残せ」と言ってくる。残された人は優秀なのですが,ずっと同じ企業に常駐して,そこの指示だけを受けて仕事をしているうちに成長が止まってしまいます。

現実には,ユーザー企業に何年も常駐している技術者が,その企業の情報システムを支えていることが多いようです。

 それはそうです,優秀は優秀だから。ソフトウエア会社も優秀なベテランを常駐し続ける見返りに,若手をまとめてその顧客に送り込んだりしますから,なかなかベテランを異動させない。悪循環です。

 ユーザー企業は,特定の技術者にそこまで居て欲しいなら社員として雇用すべきではないでしょうか。今もそうしているかどうか分かりませんが,かつて知り合いが開発プロセス改善の調査で米シティバンク(現シティグループ)を訪問した際,シティの責任者は「情報システムは企業戦略そのものだから一切外注しない方針です」と言ったそうです。ここまでやるのは無理としても,ユーザー企業が本業で使う重要なソフトウエアを内製するくらいの力を持つことが本来の姿と思います。経営とIT新潮流サイトに,NTTが交換機のソフトウエアを内製に切り替えた苦労話が公開されていましたが,同様の姿勢がユーザー企業に求められます。

インドや中国への安易な発注は危険