ちょうど1年前の春は,竹中平蔵・前総務相が立ち上げた「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇)の議論が佳境に入り始めるなど,通信業界は大わらわだった。それに比べると今年度の通信業界は,いささか落ち着き気味だ。

 竹中懇の経緯や,その後の自由民主党との調整についてはここでは省略させていただくが,通信関連で最大の焦点となったNTTの組織問題は,「2010年の時点で検討し,速やかに結論を得る」という政府与党合意に落とし込まれた。つまり今後数年間は,NTTの組織問題の議論という大イベントまでのモラトリアム期間。業界全体に“マッタリ感”が漂うのも無理はない。

 だが,2010年までには考え続けなければならないことが山ほどある。NTTの組織問題の議論を始めるまでのこの数年間は,IP化時代における「通信業界のあるべき競争の姿」を腰をすえて考える上で,ちょうどよい期間と位置付けるべきではないかと思う。それが今の通信業界が背負う課題である。

企業ユーザーが「NTTの一体化」を求める“現実”

 NTTの組織問題の議論は先送りされたものの,それまでの公正競争のルール見直しは,今が真っ盛り。竹中懇と同時並行で議論が進んだ「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」(IP懇)が最終報告書としてまとめた「新競争促進プログラム2010」により,競争ルール見直しに向けた懇談会の議論やガイドライン改定の作業が総務省で一斉に進んでいる。

 その代表例が,NTT関連の法律や規制を包括的にチェックする新ルール「競争セーフガード制度のガイドライン策定」や,NTT東西地域会社の業務範囲拡大にかかわる「活用業務認可制度ガイドラインの改定」,「新しい競争ルールに関する作業部会」など。今後数年間で進む,通信事業者のネットワークのIP化やNGN(次世代ネットワーク)の構築,FMC時代に対応できるように競争ルールはバージョンアップされる。

 こうした総務省の動きに併せて,日経コミュニケーションでは4月1日号に「ここが変だよNTT」というタイトルの特集記事を掲載した。企業ユーザー399社へのアンケート調査を元に,NGN時代に向けたNTT東西地域会社やNTTグループのサービス提供体制がどうあるべきかを探ることが狙いである。最終的には128社から有効回答を得た。

 調査項目の一つとして,「NTTグループのような体制と,KDDIやソフトバンク・グループを比べた場合,企業ユーザーの利便性が高いのはどちらか?」と質問してみた。すると,KDDIやソフトバンク・グループのような体制への支持が8割近くにも達した。理由は,携帯から固定通信までグループ一体でサービス提供しやすいからである。

 さらに別の質問として,「企業ユーザーとしてサービスを利用する際に,どのようなNTTグループの在り方が利便性が高いと考えるか」と聞いてみた。

 選択肢として,「現状維持」,「NTT持ち株会社を廃止してグループを資本分離し,互いに競争できるようにする」,「NTTのシェアが高まる懸念があるが,ワンストップのサービス提供が可能な一社体制に戻す」,の三つを用意したところ,一社体制への支持が半数に達していた。NTT東西に分断された通信サービスの使いにくさや,事業会社間の対立,NTTグループの通信サービスのワンストップ提供が中途半端,などがその理由である。

 NTTのシェアが高まる懸念を提示した上での選択肢であっても,これほどまでに企業ユーザーが一社体制を支持するのは,現状の不便さの裏返しといえよう。ユーザーの利便性を考えれば,電話の発想で分断されたNTTグループの体制や電話時代の規制は,いよいよ現状にそぐわなくなっている。

通信業界が考えるべき課題とは?

 1年前の竹中懇は,NHK改革や通信・放送の融合などを主に取り上げることが当初の狙いだったが,途中で矛先が変わりNTT問題へ急遽スポットライトが当てられたという側面がある。結果的に竹中懇は,2010年時点でNTT組織問題を検討するという政府与党合意や,総務省による公正競争ルールの見直しの契機となったが,議論がやや拙速すぎて過剰な反発を招いたことも事実だ。

 竹中懇やIP懇の議論が終わったとしても,通信産業の「競争のあるべき姿」を考え続ける作業に終わりはない。1年前の竹中懇のような派手なイベントはないかもしれないが,2010年までのまとまった時間はある。

 まずやるべきことは,通信業界全体が共有できる目標と判断基準を2010年までに作っておくことだろう。競争政策は必要だが,どんな政策にも良し悪しがある。その政策の是非を判断したり議論したりする際の基準が,現在はぼんやりしており,ともすると「NTTを縛れるかどうか」に偏りすぎているようにも思えるのだ。

 u-Japan政策によるユビキタス社会の実現やブロードバンド・ゼロ地域の解消,地上デジタル放送への完全移行など,政府が掲げる目標を前提に競争政策は進められてきたが,その過程において通信事業者は安売り競争で疲弊した。今後に目を転じても,通信業界全体の売上規模は減少するとの予測が大勢だ。これは通信業界自体が望む競争の姿なのだろうか?市場規模が縮小してしまう状況で技術革新への投資を続け,ユーザーに利便性の高いサービス提供を,いつまでも続けられるとは思えない。

 新しい競争政策で生み出すべき付加価値の最大化に必要なのは,単にNTTを弱める規制強化でもなく,一方でNTTを単純に一社化すれば済む話でもないはず。その第一歩として,通信業界全体で共有する目標や基本姿勢を議論していくことが必要だ。そうしなければ,規制緩和を求めるNTTと,NTTへの規制強化を主張する競合事業者がいつまでも対立する構図からは抜け出せない。総務省,NTT,そしてNTT以外の通信事業者も,まずはそれぞれが考える「数年先の通信業界のあるべき姿」を打ち出すところから始めてみるのはどうだろうか。