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住基カードには,いったいどんなメリットがあるのか

2007/03/26
安井 晴海=ITpro

 2007年3月8日,NTTコミュニケーションズは住民基本台帳カード(住基カード)の機能の一部に不具合が見つかったと発表した(関連記事)。住基カードを使ってインターネット経由で行う「電子申請」の際,3万2769回に1回の確率でユーザー認証に失敗するケースがあるというのだ(報道資料)。

 この報道に接して筆者が感じたことは,「大変だ」というよりは,むしろ「そういえば住基カードなどというものがあったな」というものだった。

 それもそのはず。2006年8月末時点の住基カード発行枚数は,全国で約109万枚。赤ん坊からお年寄りまで,全国民約1億2700万人に対する割合で言うと,住基カードの普及率は0.86%ということになる。実際に住基カードの不具合の影響を受ける可能性がある人には申し訳ないが,どうしても深刻さに欠けてしまうのだ。

 では,なぜ住基カードの普及率がこんなにも低いのか。それは,住基カードを持つメリットがほとんど感じられないからだろう。ネガティブなイメージが影響している可能性もある。これまで住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)について語られるときは,セキュリティ問題やプライバシー侵害など“負”の側面がクローズアップされることが多かったからだ。

 かく言う筆者も,これまで住基ネットや住基カードのことを,あまり生活に密着したものとしてはとらえてこなかった。確かに以前,住民票コードが記された通知書を受け取った記憶はあるが,その通知書をどこにしまい込んだかは覚えていない(捨ててはいないはずだ)。当然,自分の住民票コードの番号すら分からない。住基ネットに関する記事を作成したことのある筆者ですらも,この体たらく。住基ネットは聞いたことがあるとしても,住基カードの存在は知らないという人も少なくないだろう。

 そこで筆者は,試しに住基カードを取得してみることにした。実際に住基カードを持ってみて,自分の生活に即してメリットがあるのかないのかを肌で感じるためだ。今回はその体験をお伝えしたい。

運転免許証やパスポートがあれば即日交付も可能

 ここであらためて,住基カードの説明をしておきたい。住基カードとは,住民票コードなどが記録されたICカードのこと。希望者に対して各市区町村が有償で交付しているものである。有効期間は10年。住基カードには,氏名のみが印字されたタイプと,写真付きで,氏名,生年月日,性別,住所が印字されたタイプの2種類があり,後者は公的な身分証明書として利用できる。筆者が取得したのは,身分証明書に使える写真付きの方だ。

 まずは,筆者が住む市の市役所を訪れ,住基カードの発行手続きについて聞いてみた。すると,街中の自動証明写真機で写真を撮って申請書を提出すれば,即日交付が可能だという。住民票コードは知らなくても大丈夫。ただし,即日交付には運転免許証やパスポートなど別の身分証明書の提示が条件となる。公的な身分証明書を発行するのだから,厳格な本人確認が必要なのだ。もし運転免許証やパスポートを持っていなければ,申請書を提出し,後日,自宅に郵送されてくる「交付通知書」を持っていけば発行してもらえるという。

 いったん市役所を出て写真を撮り,申請書を提出して待つこと約20分。筆者の住基カードは何の問題もなく発行された。手数料は500円。交付の際,その場で専用の端末に住基カードを差し込み,数字4ケタを入力して暗証番号を設定すれば,交付手続きは終了である。なお,住基カードの具体的な取得方法は,自治体によって異なる場合がある。実際に住基カードを取得する際は,各市区町村のホームページなどを参照してほしい。

自宅から住民票の写しの申請が可能になると言われても…

 こうして住基カードを取得したところで,窓口担当者に実際どんなメリットがあるのかを聞いてみた。取得後に聞くというのも変な話だが,今回は発行手続きを体験するのも目的の一つだったのだから,良しとしてもらいたい。

 担当者によると,メリットの一つは,前述したように公的な身分証明書として使えること(写真付きのみ)。銀行口座の開設や携帯電話,クレジットカードなどの申し込みの際の本人確認に使えるという。もう一つは,転居する際の転入転出手続きが簡素化されること。住基カードを持っている人は,今まで住んでいた市区町村に,事前に転出届を郵送しておけば,転居先の市区町村の窓口でカードを提示するだけで転入手続きができる。これまで,転居前と転居先の両方の市区町村の窓口を訪れる必要があったものが,Webなどで転出届を入手しておけば,転居先の市区町村の窓口に行くだけで済むようになるのだ。

 ここまでは,さしてメリットと感じない。身分証明書といえば,運転免許証を使っている人が多いだろう。筆者もそうである。また,転入転出手続きが簡素化されることは嬉しいが,頻繁に転居を繰り返す「引っ越しマニア」でもない限り,やはり住基カードを取得する積極的な動機にはなりにくそうだ。

 続けて話を聞くと,住基カードは機能を付加することでさらなるメリットがあるという。別に手数料を500円支払って住基カードに電子証明書を格納し,公的個人認証に対応したICカード・リーダーを購入すれば,自宅からインターネットを経由して様々な電子申請が行えるようになるというのだ。ICカード・リーダーは数千円で購入できる。ちなみに冒頭のNTTコミュニケーションズが発表した不具合は,この電子申請に関するものだった。

 窓口担当者によると,電子申請でできることは大きく二つあるという。一つは国税庁が実施している「e-Tax」が利用できること。e-Taxとは,所得税や法人税などの納税手続きをインターネット経由で行うシステムだ。税務署などに行かなくても自宅にいながら手続きができるので,確定申告が必要な個人事業主には便利そうだ。しかし筆者のように,所得税を源泉徴収されている会社員には,ほとんどメリットはない。

 もう一つは,住民票の写しや印鑑登録証明書の交付を自宅から申請することができること。ただし,あくまでも申請である。受け取りは,市役所や市民窓口センターに行かないといけない。筆者が「結局,市役所などに行くということは,そこで申請するのと大して変わらないのでは?」と言うと,窓口担当者は「その通りなんですが…」と歯切れの悪い反応。これも,筆者にはメリットと感じられなかった。

 後で調べてみると,自治体によっては,住基カードを使って,自動交付機による住民票の写しや印鑑登録証明書の交付を可能にしているところもあるようだ。申請書の記入が不要で,しかも自動交付機は休日でも利用できるため,こうした自治体では住基カードのメリットは大きそうだ。ただ,市区町村が独自に発行しているカードで自動交付機が使えるようにしている自治体もあり,必ずしも住基カードのメリットとは言えそうにない。

電気,ガスなど公益サービスにも広がる可能がある電子申請

 どうも納得がいかなかった筆者は,後日,総務省に聞いてみた。すると,電子申請については,市役所の窓口で教えてもらったもののほかにも各省庁が進めているものがあることが分かった。その中でも,筆者がこれは便利かもしれないと感じたのは,国土交通省が進めている「自動車保有関係手続のワンストップサービス」(OSS)である。

 OSSは,自動車購入時の(1)警察署で行う車庫証明の申請,(2)運輸支局などで行う自動車登録の申請,(3)自動車税事務所で行う自動車税および自動車取得税の申告・納付──の三つをインターネット経由で一括して行えるようにしたものである。2005年12月から新車登録手続きにおけるサービスが始められ,現在,岩手県,群馬県,茨城県,埼玉県,東京都,神奈川県,静岡県,愛知県,大阪府,兵庫県の1都1府8県で稼働している。2008年をメドに段階的に全都道府県に導入される見込みだという。

 新車購入時のこうした手続きは,自動車販売店が代行するケースが多い。その分,代行手数料を支払っているわけで,これを自宅から自分でできるようになれば,コスト・メリットも生まれそうだ。

 また総務省では,現在は行政手続きに限られている電子申請を,電気,水道,ガスといった公益サービスにも広げることを検討しているという。電気やガスは民間企業のサービスだが,これは住基ネットの民間開放を意味するのではない。住民票コードや,氏名,生年月日,性別,住所の基本4情報を民間企業に公開するのではなく,利用者が提示した電子証明書が失効していないかどうかの情報だけを送るのだという。

 いずれ公益サービスにまで電子申請が適用されるようになれば,いろいろと便利なシチュエーションも増えそうだ。

国・政府は住基ネットの利便性を訴えかける努力を

 このようにして今回,住基カードや電子申請のメリットをいろいろと調べてみた。便利そうなものもあったが,正直に言って,住基カードを積極的に取得する動機付けになるほどのメリットは,今のところあまりないと感じた。

 しかも,住基ネットといえば,セキュリティやプライバシー侵害などの問題が残されている。2006年11月30日には,大阪高等裁判所による違憲判決も出された(箕面市は判決が確定したが,守口市と吹田市は最高裁判所に上告中)。住基ネットに不安感を持つ一部住民の心情も理解できる。住基ネットの信頼性確保が改めて問われていることは言うまでもない。

 このような状況では,2006年8月末時点における住基カードの普及率0.86%は,賢明なる住民の「あえて作る必要なし」という声の結果かもしれない。とはいえ住基ネットは,400億円近いコストを投じて構築され,年間で百数十億円の費用をかけて運用されている公共インフラである。その目的の一つは「住民の利便性向上」だ。にもかかわらず,ほとんどの住民が住基カードを取得しても日々の生活に役立つという感覚が持てない現状は大きな問題である。システムの不具合やセキュリティ確保も問題だが,国・政府は,住基ネットの抱える課題をクリアし,住民に利便性を訴えるべく努力することが重要だろう。

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