海外出張で,クレジットカードを使った。同じ時期,使用している家電がたまたま故障したので,貯金を多少取り崩すつもりでまたクレジットカードを使った。間もなく,カード会社からローンを勧誘するダイレクトメール(DM)が山のようにやってきた。少々,私はうんざりした。

 最近,ビジネス・インテリジェンス(BI)が再び話題になっている。プロセッサの高速化,ディスクの大容量化,データ取得方法の多様化などが,その背景にある。

 大量のデータをシステムに投入して分析。導き出された結果を使って,これはという顧客層に販促活動をかける。企業にとっては,決して新しい取り組みではない。

 特にクレジットカード会社は昔からBIの先進ユーザー。私の体感だが,DMの頻度,カードを使ってからDMが届くまでの期間の早さを見ると,アプローチの“精度”は以前より高まってきているように思う。当然,届ける頻度やタイミングは調整しているのだろうが,個人的にはちょっとやめてほしいという感情を抱いた。

 カード会社以外でもBIの活用は進んでいる。例えば,Amazonだ。同社から送られてくる,「おすすめ商品」のメールは,思わずクリックしてしまう。「ロングテール経済」をたったひとりで体現した巨大企業にとっては,過去の購入履歴から「個客にとっての“垂涎の逸品”」を抽出するのはお手の物,といったところなのだろう。ただ,冷静に考えると「自分よりも自分を知る存在がいる。しかもそれはネットのあちら側にいるシステムだ」というのは不思議な感覚である。

 クレジットカード会社の件にしても,各種サイトから送られてくるレコメンデーション(推薦)のメールにしても,送付を止めてくれと言えばそれで済むのだろう。だが,なにかと面倒なのでそのままにしている。その会社のカードやサービスを使わないと決めれば,それですべてが終わる。だがそうもいかないという面があり,割り切れない思いのまま,途中で考えるのを止めた。

 データから未来を予測し,先回りして手を打つ。顧客を獲得し,永続的に関係を保ち,利益拡大を狙う企業にとっては当たり前の活動だ。BIや検索技術の発展は効率性を追求するものだし,過去の取引を分析して不正を抽出するといった内部統制のために使えば,リスクを低減させるものでもある。

 企業情報システムの分野では「エンタープライズ・サーチ」というキーワードが盛り上がっている。企業内外にある情報をテキストベースで検索し,企業経営に役立てようというものだ。米国企業や政府機関は不正な内容が入ったメールの抽出に検索エンジンを使っている。また大手メディア企業は,記者が書き上げた原稿を検索技術を使って調べ,著作権の面で抵触していないか外部のWebサイトと見比べて確認する,という取り組みを始めている。

 私は一人のユーザー,そして企業で働く人間として,それら技術のメリットは十分理解している。一方で,居心地の悪さを自覚するようになってきた。ずいぶん前から多数の有識者が「監視社会がやってくる」と指摘していた。大げさな話かもしれないが,日常生活やサービスに浸透してきたいま,その怖さを「知る」だけでなく「感じる」機会が増えているように思う。

 もちろん,私は技術の発展は是だと信じている。だが顧客サービスという面で見ると,いま進行中の極端な最適化・効率化・自動化が,かえって顧客の感情を損ね,離反を招くのではないだろうか。

人間性をもって人間系を組み込む

 監視社会という大きなテーマではないが,同じように極端な自動化の弊害を指摘する声がある。

 「企業のIT化が進み,使用するシステムの処理性能が高まってきた。この弊害か,プロセスの過剰な自動化とも言うべきケースが目立つ」。ガートナー ジャパンの山野井聡 リサーチ グループ バイス プレジデントは次のように指摘する。「効率化・省力化のためには自動化はぜひ進めるべきことだが,ある程度人間系を残しておかないと,逆に顧客という人間の気持ちを損じるケースがある」。

 だからこそ,最近のコールセンターは,自動応答システムと人間による対応を分けている。通常の質問への対応は自動応答システムを使っているが,顧客からのトラブル対応は即,専門のオペレーターにつないで対応するというのがその代表例だ。「自動化すべき領域と,人間が手厚く対応すべき領域を,事業の観点から見てバランス良く決めるべき」と山野井氏は話す。

 この切り分けこそ,人間の感性の出番だろう。顧客への思いやりがあっていい。

 CRM(顧客関係管理)とマーケティングの専門家,多田正行氏(ITpro Watcher)は次のように語る。「人は,勤め人である限り,売り手側の発想に陥ってしまいがちだ。ところが,勤め人であっても,日常生活では頻繁に買い手側になる。その時に感じる不便や不条理は,ひょっとしたら売り手側が気付いていない事柄だ。これはビジネスチャンスかもしれない。あなたの勤め先がサービスによる差異化を志向しているならば,このアプローチは有効である」。

 顧客への思いやりをもって,システムを作る。自らが感じた不便や不条理をかみしめ,それを覆す仕組みをシステムに組み込む。

 どうか,プッと吹き出さず読んでください。これが愛ってやつなのかもしれません。