総務省のモバイルビジネス研究会で,携帯電話のビジネスモデルに関する議論が進んでいる(関連記事1関連記事2関連記事3)。狙いは,携帯電話事業者が端末,ネットワーク,サービスすべてをコントロールする垂直統合モデルから,それぞれを分離したビジネスモデルへと転換を図ること。その具体的な手段として,「SIMロック」や「販売奨励金」といった現行ビジネスモデルの見直しなどが議論されている。

 第3世代携帯電話は,契約者固有の情報を記録した「SIMカード」と呼ぶ切手大のICカードを端末に差し込んで利用する。技術的には,SIMカードを差し替えれば同じ端末を異なる携帯電話事業者で利用可能だ。しかし日本の携帯電話事業者は,端末に制限を加えてこうした利用法を禁止し,自社ブランドの端末を他事業者では利用できないようにしている。これを「SIMロック」と呼ぶ。

 事業者がSIMロックをかけている理由は,「販売奨励金」を回収するため。携帯電話事業者は端末メーカーから十数万~数十万台単位で端末を調達し,販売代理店経由でユーザーに販売する。端末が売れた場合,携帯電話事業者は販売代理店に4万円前後の支援金を支払う。これが販売奨励金だ。販売代理店は販売奨励金を原資に端末価格を値引きするため,ユーザーは最新機種を2万円程度で購入できる。

 事業者の立場からすると,ユーザーが端末を購入し,すぐに解約してほかの事業者のSIMカードを差して利用できると,販売奨励金を回収できないことになる。そのため,SIMロックをかけて事業者の乗り換えを制限している。

 総務省のモバイルビジネス研究会は,こうした「SIMロック+販売奨励金」が市場を硬直化させていると問題視している。そこで現行のビジネスモデルを変えるよう,携帯電話事業者に迫っているのだ。しかし携帯電話事業者にとって,ビジネスモデルを根本から変える費用対効果が見えない。そのため,研究会の構成員と携帯電話事業者の意見は平行線をたどっている。

 筆者は,SIMロックの解除を迫る構成員の姿勢には,やや疑問を持っている。多様な端末・サービスの登場を促したいならば,SIMロックの解除を事業者に迫るよりも,携帯電話事業者の独自サービスと切り離した端末をメーカー独自に開発できる環境を整える方が効果が高いと考えるからだ。

メリット薄い現行端末のSIMロック解除

 そもそも,現行の携帯電話端末のSIMロックを解除したところで,ユーザーのメリットはあまりない。SIMカードを差し替えれば,端末はそのままで携帯電話事業者を乗り換える――とはいかないからだ。まず,au(KDDIと沖縄セルラー電話)は,他事業者と通信方式の互換性がない。NTTドコモとソフトバンクモバイルがW-CDMA方式を採用しているのに対し,auはCDMA2000方式を採用しているからだ。そのため,SIMカードを差し替えても通話すらできない。

 NTTドコモとソフトバンクモバイルは通信方式には互換性があるが,携帯電話専用のメールやiモードなどのブラウザフォン・サービス,Javaアプリケーションといった各事業者の独自サービスの仕様が異なる。仮にSIMロックが解除されても,SIMカードを差し替えて使えるのは通話と電話番号を利用したSMS(short message service)だけ。独自サービスがなければ使いづらいというユーザーが多数だろう。

 W-CDMAとCDMA2000の両方の通信方式に対応し,さらに全事業者の独自サービスに対応した端末があれば,SIMカードを差し替えるだけで使い勝手を変えずに事業者を乗り換えられる。しかし,ある端末メーカー幹部は「技術的には可能かもしれないが,ビジネス上は割に合わず現実的ではない」と言う。端末価格が高くなりすぎてしまうからだ。

 複数の携帯電話事業者の独自サービスに対応しようと思えば,それだけメーカーが評価・検証すべき項目は増える。さらに,従来は携帯電話事業者が担っていた顧客サポートにもコストを割かなければならなくなる。携帯電話端末の開発コストは人件費が占める割合が大きい。評価・検証やサポートにかかわる工数の増加は,端末価格の上昇に直結する。

 結局,SIMロックの解除を義務付けたところで,携帯電話事業者の独自サービス対応端末はその事業者専用として販売する,という状況は変化しない。せいぜい,通話に特化した低機能端末が増える程度だ。しかし,こうした状況を招くためにSIMロックの解除を求めているわけではないだろう。皆が望むのは,多様な端末やサービスの出現なのではないか。

独自サービスに依存しない「SIMロック・フリー端末」の促進策が必要

 多様な端末が出ない原因は,SIMロックが存在することよりも,事業者の独自サービスに依存しないと携帯電話が使いづらい,という現状にあるといえる。そのため,端末やサービスの多様化を目指すなら,事業者の独自サービスに依存しない端末を出しやすい状況にすることが必要になる。

 こうした端末は携帯電話事業者にかかわらず同じ使い勝手が実現できるため,初めからSIMロックがかかっていない「SIMロック・フリー端末」として販売されることになるだろう。SIMロックの解除を携帯電話事業者に要求するのではなく,端末を取り巻く環境を整備した結果,端末メーカーからSIMロックのない端末が自然に登場する,というシナリオだ。

 SIMロック・フリー端末自体は,すでに販売されている。ノキア・ジャパンのスマートフォン「Nokia E61」などがそうだ。しかし現状,企業ユーザー向けなどの“ニッチ需要”にとどまっている。携帯電話事業者の独自サービスが利用できないため,個人ユーザーには使いづらい仕様になっているからだ。

 例えば,NTTドコモの「iモードメール」やソフトバンクモバイルの「S!メール」といった携帯電話用メールを利用できない。そのため,特別な手段を使わない限り,リアルタイムに受信できるメールはSMSしか利用できない。データ通信の定額制の料金プランも携帯電話事業者が販売する端末に限られ,SIMロック・フリー端末は従量課金のみとなる。

 また,端末メーカーが独自のコンテンツ・サービスを提供しようとしても,「iモード」や「EZweb」のような使い勝手の良いサービスは実現できない。iモードなどはSIMカード固有のIDで認証し,通信料とまとめてコンテンツ料を請求する。しかし,こうした認証や課金のプラットフォームは携帯電話事業者以外には開放されていない。そのため,端末メーカーが独自にSIMロック・フリー端末でコンテンツ・サービスを提供しようとすると,ユーザーIDとパスワードで認証してクレジットカードなどで決済する形になる。

 こうした状況を改善するため,携帯電話事業者にはSIMロック・フリー端末の利用を想定したサービス,料金体系の整備を期待したい。例えば,リアルタイムに受信できるメール・サービスなどだ。一部のスマートフォンでは,マイクロソフトの「Exchange Server」などと連携し,受信したメールをリアルタイムに端末に送ることもできる。こうしたメール・サーバーのホスティングを,ASP(application service provider)サービスで提供するだけでもいい。

 より多くの選択肢を用意するという意味で,SIMロック端末,SIMロック・フリー端末は併存していくのが理想だろう。前者は携帯電話事業者の独自サービス,後者は端末メーカーやそのパートナーとなるコンテンツ事業者の独自サービスで,その魅力を競っていくことになる。こうしたサービス競争が起これば,新しいサービスを次々と生み出していくことも期待できる。

 携帯電話・PHSの加入者数は,1月に1億契約を突破した(関連記事)。市場が飽和するなか,1人のユーザーが2台目,3台目の端末を持つような市場を創出する必要があると感じているのは,端末メーカーも携帯電話事業者も同様だろう。新しい需要を開拓するには,携帯電話事業者だけでなく,より多くの人々が端末やサービスの企画・開発にかかわれる形にした方がよい。SIMロックの解除を押しつけるより,SIMロック・フリー端末の活用を考えた方がずっと合意点を見つけやすいと筆者は考える。

 なお,SIMロックと対で議論されている販売奨励金については,日経コミュニケーション2月15日号に掲載したほか,2月19日から23日までITproにおいて連載記事を掲載する。ぜひ,こちらもご覧になっていただきたい。