2年半前の2004年10月23日午後5時56分、新潟県小千谷市や川口町など中越地方を、マグニチュード6.8、最大震度7の地震が襲った。「新潟県中越地震」である。当時、日経コミュニケーション編集に所属していた筆者はすぐに現地入りし、災害によって企業活動がどのような被害を受けたのかを取材、報告した(関連記事)。自分自身が新潟県出身ということもあって、他人事ではないと大きなショックを受けた。それ以来、日経コンピュータに異動した現在も「非常時の業務継続」を追い続けている。その中で、昨年あたりから企業に大きな変化が見え始めた。

 それは、“外圧”からBCP(事業継続計画)策定に動く企業が増えているということだ。BCPは、災害などの非常事態になっても自社の業務を継続できるよう、会社として何をすべきか、どう動くべきかを示したもの。極論すれば、「非常事態に業務を継続できないのは仕方ない」と割り切ればBCPを策定しないという選択肢はあり得る。しかし、多くの企業で「取引先からBCP策定の有無を尋ねられた。BCPの策定は取引条件の一つになりつつある」という声を聞いた。

 こうしたきっかけから日経コンピュータの2月5日号で、『ビジネスを「止めない」システム』という特集を企画し、BCPの策定や実施の現場を取材した。その結果、BCPの策定についての質問状をやり取りしていたり、BCPを取り引きの条件にしていたり、といったケースが筆者の予想を上回る勢いで企業間に浸透していた。

「あなたの企業にBCPはありますか?」

 具体的には、下記のような質問が企業間でやり取りされていた。

(1)主要な事業所・設備が喪失した際のBCP(事業継続計画)をお持ちですか。
(2)被災後の情報システム、工場、事業の復旧時間を教えてください。
(3)BCPの訓練結果について、レポート形式で提出してください。
(4)御社の取引先にBCPの策定を要求していますか。

 このほかの例も日経コンピュータの2月5日号に掲載したので興味があれば参照していただきたいが、現時点ではほとんどのケースで(1)のような質問が交わされていた。取引先がBCPを持っているかどうかを確認し、取引条件の変更までは踏み込んでいない。

 しかし次の段階として、BCPの有無を取引の絶対条件としたり、回答によって取引量を調整する時代は必ずやってくる。むしろ、交渉をより優位に進めるため、取引先が自主的に取り組むことすらあるだろう。

 これはBCPを要求する側の言葉から明らかだ。

 例えば、デル日本法人は取引先との契約書に「BCPを策定してください」との文言を盛り込んでいる。主要な取引先の約10社にはBCPのプランを見せてもらうことを依頼し、最重要の4社には年に1回のBCP訓練とレポートを要請している。デルは「BCPを策定していないことを理由に取引を解除することはない」としているが、同社との関係を良好に保とうと考える企業はBCPの策定と実施に自主的に乗り出すだろう。ファイザーも、「一定レベルの重要性があると判断した物やサービスについては、取引先にBCPの策定を要求している。ほとんどの取引先は応じてくれている」と言う

日本企業の間でもジワリと広がる

 今のところ外資系企業の事例が多いが、日本企業の間でも根付き始めている。その代表例が自動車や半導体業界だ。大手の一角が取引先に対して、BCPの有無を確認し始めているという。自社製品の製造やサービスの提供など重要なビジネスを維持するのが目的だ。

 企業の取引がグローバル化する中、こうした海外や一部の業界の動きは早晩、様々な日本企業へと“飛び火”していくのは必至である。BCPの質問票を受け取った企業が取引先に同様の質問を流し、さらにその取引先に・・・。BCPを軽視していると、サプライチェーンから弾き出されかねない。

 BCPが「事実上の義務付け」となるケースも出ている。証券業がそうだ。日本証券業協会は昨年2月に証券業界におけるBCPのガイドラインを策定した。もちろんガイドライン自体には強制力はない。ただし、金融庁が検査する際に同ガイドラインを参照する旨の通達を証券会社に出しており、BCPの策定と実施が事実上義務付けられたようなものだ。

災害対策が“前向き”の投資に

 従来、日本においてBCPは災害対策の一環としてとらえられるケースが多かった。このため、大規模な災害が起きないと効果が見えない「後ろ向きの投資」と見る向きもあった。災害対策は外部に公表することも少なかった。

 しかし、ここまで述べてきたように、BCPに対する見方が大きく変わってきている。取引先と交渉する際の条件であったり、企業価値の向上に貢献するものへと変わりつつある。

 もっとも取材を通して、「BCPはどのように策定すればいいのか」、「情報システムの対策が大事と聞くが、どこまで費用をかけて実装すればいいのか」といった企業ユーザーの声が多いことを痛感した。そこで、日経コンピュータとITproはBCPの策定と実行の実際を報じるため、専門サイト「ビジネスを止めないシステム」を立ち上げた。BCPに取り組むユーザー企業や規制の動向、支援サービスや製品について紹介していく予定だ。また、日経コンピュータの本誌でも2月19日号から、毎号「BCP導入の実際」というコラムを常設している。

 企業はBCPとどう向かい合えばいいのか。国内外のユーザー事例を基に今後も検証していきたい。