2007年もすでに1カ月以上が過ぎたいま、情報システムに関する“夢”や“将来”のことを語るのは、時期はずれに思われるかもしれない。これをお読みのITプロフェッショナルの皆さんは、きっとシステム開発や運用・保守といった日々業務で忙しいに違いない。

 それでも、たまには手を、または頭を少しだけ休めて、「自分たちが携わっている情報システムって、これからどんな方向に向かうんだろう」という“将来”の話に、少しだけお付き合いいただきたい。ITにかかわっている以上、そういう視点でシステムをとらえることも必要だと考えるからだ。

情報システムの利用で、人は幸せになったのか?

 いまや企業活動で、情報システムが欠かせないものになっているのは言うまでもない。それだけでなく、日常生活の中にも情報システムは深く入り込んでいる。これらの情報システムの多くは、私たちが「効率よく」何かをするためのものだ。

 例えば、ネットワーク環境が整備され、会社にいなくても仕事をできるようになった。どこにいても仕事の連絡が来るし、それに対応して仕事ができる環境もある。これらが仕事の効率アップにつながっているのは、間違いない。一方で、「便利になったのは確かだけど、なんか息苦しくなっているなあ」と思われる方が、結構いるのではないだろうか。

 自分自身を振り返ってみても、仕事先から直帰した後に会社から携帯電話に連絡がきたり、携帯しているパソコンで原稿を書いたりメールに返信していると、「何だか、いつも仕事に追われているな」と感じることが、少なからずある。

 個人の仕事や生活だけのレベルだけでなく、企業レベルでも話は同じである。例えば、ERPパッケージ(統合業務パッケージ)などを使って全世界の基幹系システムを統一し、業務の状況をリアルタイムに近い形で把握できるようになった。これも企業にとって非常に有用である一方、現場の“余裕”を減らすことにつながりかねない。

 システムを使い始めて、その便利さを一度知ってしまうと、それを捨てることはなかなかできない。一方で、システムは限りなく“効率化”を進める道具となるので、それを使う人たちから心の余裕を奪ったり、束縛感を与えたりすることにつながる。企業や生活の場にシステムが浸透するほど、この問題は大きくなるはずだ。

 はたして、情報システムを利用することで、私たちは本当に幸せになったのだろうか。システムは、このままでいいのだろうか――。青臭いと言われそうだが、これが日経コンピュータ2007年1月22日号で、「2031年、情報システムの旅」という特集を手掛ける問題意識となった。実際、ITベンダーやユーザー企業の担当者や、学識関係者に取材したところ、異口同音に「効率化重視のシステム化」に危機感を抱いていることが分かった。

人に“優しい”システムの研究が始まる

 特集の取材では毎回、「次の四半世紀に、必要な情報システムはどのような方向に向かうのでしょうか」と問いかけてみた。なぜ次の四半世紀かというと、手前味噌だが、昨年日経コンピュータは創刊25周年を迎えた。だったら、翌年の正月特集として、次の25年がどうなるかを見てみようではないか、と考えたからである。

 その結果、我々が行き着いたのは、次の四半世紀に目指すべきなのは“人に優しい”情報システムである、という結論である。「人に優しいって? 何、それ?」と言われそうなので、とりあえず例を一つお目にかけよう。NTTグループで先端技術の基礎研究をしているNTTコミュニケーション科学基礎研究所が進めている、「まっしゅるーむ」と呼ぶ研究である。

 まっしゅるーむとは、“妖精”の役割を果たす情報システムを実現しようという真面目な取り組みだ。NTTコミュニケーション科学基礎研究所の前田英作メディア情報研究部主幹研究員は、「人間が助けを求めたときに、その様子を察知して、そっと手助けしてくれる。そんな妖精を実現する情報システムを目指している」と、まっしゅるーむについて話す。

 日経コンピュータ特集のこのページをご覧いただきたい。ここに出てくる「さーちゃ」「しーしー」などが、まっしゅるーむ、すなわち妖精である。音や映像を検索する「さーちゃ」や新聞記事を探す「しーしー」は、表向きには置物かぬいぐるみにしか見えない。しかし、彼らは人間の行動だけでなく感情を理解するようにしている。

 まっしゅるーむの実体は、コンピュータそのものだ。カメラで人の行動を記録していたり、過去14年分の新聞記事データベースから瞬時に検索していたりする。中には、200万語いを識別できるまっしゅるーむもいる。しかも、人間はそれらを明示的に操作する必要はない。人間のちょっとしたしぐさや言葉をとらえ、的確に反応してくれるのだ。

これから抱くべきなのは「人類愛」

 まっしゅるーむは、現在、企業が直面している問題を直接解決するのが目的ではない。ここでのポイントは、「発想の転換」だ。これまでの情報システムは、口では「顧客や利用者のため」と言いつつ、実は技術や製品主導で作られていたり、提供する側の視点に立っていることが多かった。使い勝手などに配慮はしつつ、結局「システムありき」の発想で作られているケースがほとんどといえるだろう。

 これに比べ、まっしゅるーむは徹底的に利用者視点で考えられている。まず「人間がほっとする」「安心する」「心が豊かになる」ためには、何が必要かを考える。その上で、「そのために、どのような情報システムが必要か」を考える、という順番をとっているのである。

 誤解のないように言うと、従来と同様、効率化のためのシステムが必要なのは間違いない。問題は、情報システムを「そのためだけのものだ」と見てしまうと、人間を必ずしも幸せにしないという点だ。すでに私たちは、情報システムと違和感なく共存できているとは、必ずしもいえない状況にある。だから、「振り回されている」「追われている」「余裕がない」などと感じてしまうのである。

 すでに日本では少子高齢化の傾向が顕著になっている。その意味でも、ますます“優しい”システムが必要になってくるわけだ。東京大学大学院情報学環の坂村健 教授は、「グラハム・ベルが電話を発明したのは、難聴だった母親を何とか手助けしたいという思いがあったからだ。これからの情報システムには、こうした“人類愛”の発想が必要になる」と断言する。

 人に優しいシステムへの第一歩を踏み出すのは、必ずしも難しくない。「いま自分のやっている仕事で、人は幸せになるのだろうか。幸せを感じてもらうには、何をしていけばいいのだろうか」と考えてみて、手近なことから実行してみるというのが基本だ。実は、ちょっとしたことから、始められたりするのである。私も、どのように人に優しいシステムを実現していけるかを、記者という立場から今後も考えていきたいと思っている。