挑発的な表現を許してもらえるなら、今、基幹系システムの分野は虐げられているのではないかと思う。企業情報システムにかかわる立場から考えれば、この事態は放置しておけるものではない。今回はこの動きとその打開策について書くことにする。

 きっかけとなったのは、調査会社の米ガートナーが「コンシューマライゼーション」というキーワードを使って、ITの変化を示していることである(関連記事)。この言葉の意味は、まずITの新潮流が消費者向けの分野で登場するということだろう。

企業システムはITを引っ張れない

 この言葉を、企業側から考えてみると、企業情報システムの世界がITの世界を引っ張っていけなくなったことを示すのではないか、ということだ。

 ここ1、2年の間にコンピュータを利用した動画再生の話題が急速に増えた。こういった分野には巨額の資金が流れ込んでいるが、現時点ではこうした変化は、多くの企業システムには直接関係しないだろう。

 一方、大企業の基幹系業務を支えてきたメインフレームはどうか。今現在もメインフレームの性能を強化するため、自前のプロセサやOSに大がかりな投資を継続しているコンピュータ・メーカーが何社あるだろうか。メインフレームに代わる最も有力な存在である大型UNIXサーバーにしても、数年前に比べれば進化の速度は遅くなりつつあるように思える。

 企業向けの斬新なアプリケーションもほとんど現れていない。動画分野に限らず、ピア・ツー・ピアやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など、これまで考えもしなかったような消費者向けサービスが次々と登場しているのに比べると、ここでも大きな差がある。

 企業の現状を考えると、システムへの要求は下がっているとは思えない。むしろシステムが止まったときのビジネスへの影響は高まっている。経営判断に役立てるため、システムで処理しているデータを短時間で自由に分析して使いたいという欲求も増えてきた。経営の迅速化のために、複数のシステムを自在につなぎたいという声も高まっている。

 だがこれが簡単ではない。開発からある程度期間が経過したシステムについては、そのまま利用していくこと自体が困難になっていく。ハードやOS、ソフトのサポート終了もその一因だ。システムを長年支えてきた人材も企業を去りつつある。

 企業は多くの課題を抱えているが、今、優先されているのは「消費者向けの技術」なのである。こういった状況を踏まえれば、企業情報システムが虐げられているという表現はあながち的はずれではないのではないか。

SaaSとEnterprise2.0は軽いだけものではない

 もっとも企業情報システムが向かうべき方向はすでに見えている。具体的には、SaaSをはじめとする“Enterprise2.0”の動きである。

 いずれも記者の所属する日経コンピュータで、10カ月ほど前に大型の特集として取り上げたものだ。SaaSは、ソフトウエア・アズ・ア・サービスの略であり、ソフトウエアの機能をネットワーク経由でサービスとして提供していくことである。Enterprise2.0とは、ビジネスで成果を上げるための情報を社内外問わず活用できる企業であり、それを実現する情報システムである。当時の記事の定義に従えばこうなる。いずれも広い意味でサービス化に関連するものであり、Web2.0の潮流にも関係する。

 現時点ではまだ、SaaSやEnterprise2.0について、企業情報システムに必要な信頼性-重さと言い換えてもいいかもしれない-が十分ではない、と考える方がいるかもしれない。

 ここで思い出して欲しい。90年代中盤にインターネットが身近なものになったとき、企業に一大変革をもたらすと考えた人がどれだけいただろうか。それが今やWebブラウザなして業務をこなせる企業はほとんどないのが現実だ。

 日経コンピュータやITproの読者であれば、SaaSやEnterprise2.0に関連した記事が増えつつあるのを実感している方もいらっしゃるはずだ。今、流れが変わりつつあるのではないだろうか。SOA(サービス指向アーキテクチャ)の考えを取り入れて、システムのあり方を抜本的に変えようとしている企業も出てきた。

 最近も二人の取材先から相次いで、「インターネット技術が企業に取り入れられるまで1年もかからなかった。最初は『こんなものが使えるか』と言われたが、流れは一気に変わった。あれから10年がたって、また同じことが起きるのではないか」という話を聞いた。記者も同感である。

情報システム部門の将来にも影響する

 この記事のタイトルで「虐げられる」という言葉を使った。これはシステムだけにかかるものではない。ひょっとしたら情報システム部門も虐げられつつあるのかもしれないと考えることがある。

 情報システムの重要性は高まっているが、伝統的な情報システム部門の必要性については議論が分かれている。「情報システム部門のスタッフを増やし人材教育への投資を増やせ」という声は少ないし、弊害が指摘されているにもかかわらず、IT会社へのアウトソーシングは減る気配を見せない。ごく最近も、大手企業のシステム子会社で働く方と話す機会があったが、子会社のあり方を含めて情報システム部門の将来には多くの疑問を感じていらっしゃった。

 基幹系システムを正常に動かすという「重い」仕事に携わってきた結果がこうなのだ。SaaSやEnterprise2.0の流れは、こういった現状を変える起爆剤になる可能性もある。

 Enterprise2.0に関する特集には、「第一歩を踏み出せるかどうかは、情報システムの担い手次第だ。2.0の世界は1.0と地続きであり、しかも短期間でシステムを用意できる、新しい世界である。従来型の基幹システム開発プロジェクトを着実にこなす一方で、顧客に喜ばれるWebサービスを素早く提供する。企業をエンタープライズ2.0へと進化させられるのは、こんな臨機応変な取り組みができる情報システム部門、すなわち『情報システム部門2.0』と言えるだろう」という一節がある。

 SaaSやEnterprise2.0の世界は、多くの場面で「サービス化」を前提とするが、同時に技術や社会の変化に対する「眼力」が求められる。上の一節にある通り、情報システム部門が果たすべき新たな業務が生まれてくるはずだ。

 最後にお知らせがあります。SaaSやWeb2.0あるいは、Enterprise2.0といったものが、企業情報システムにどこまで影響を与えるのか。この問題を深く考えるために、ITproでは本日から、「SaaS & Enteprise2.0」と題したテーマ・サイトを開設する。記者は同テーマ・サイトの編集責任者になった。

 企業情報システムに関心のあるお方はぜひ、ご覧ください。また多くの皆さんに取材などでご協力をお願いすることもあるかと思います。こういったテーマを取り上げるべきだ、という読者のみなさんのご意見もお待ちしています。よろしくお願いします。