「企業」と「情報技術」が交わるところで取材をしてきて今更のように実感するのは,ここがいかに「サービス」だらけの世界だったかということだ。もちろん「出血大サービス!」とか「消費税サービスしときますよ」と言う時に使うような,「奉仕」という意味の「サービス」ではありません。それ自体が取引対象となるような(つまり有償の)役務とか労務のことです。ちょっと古めかしい言葉ですが。

 コンサルティング,要件定義,システム設計,システム開発,システム導入,システム運用,システム保守・・・。取材先は,こうした複雑そうなサービスを誰かから調達したり,誰かに提供したりを生業としている人ばかりだ。「無形のものをいかにうまく調達するか」「無形のものへのニーズをどう把握するか」は永遠のテーマである。

 記者である私には,1つのジレンマがある。取材して記事を書いている自分は,なかなか「サービス」の調達や提供の実際を味わう機会がないことだ。一消費者として「これ下さい」で話が済むような単純なサービスを買うことはままあるけれど,それではてんで参考にならないのである。

ようやく訪れたプチ体験のチャンス

 だが最近,やや複雑で高価なサービスを調達する機会があった。それは「お引っ越し」である。「なあんだ」と言わないで下さいね。「注文住宅を建ててメンテもお願いする」とか,「ちょっと手の込んだリフォームをする」とか,あるいは「団体旅行の采配を頼まれて旅行会社に手配する」とかであれば説得力も増すのだろうが,そんなチャンスはそれこそ滅多に来ないのです。

 そんな不純な動機を胸に(タチの悪い客です),引越会社の検討を始めた。最大の要件は「とにかくラクして引っ越す」である。転居先は市内,それも歩いて行ける場所だが,今回は事情があり体力を消耗したくない。そこで,大手各社が扱っている「お任せ型」のサービスを利用することにした。旧居での荷造りと荷物の輸送に加えて,新居では荷解き(梱包を解いて荷物を収めること)までもやってくれる,という至れり尽くせりのサービスですね。

 それにしても引越屋さんのサービスをこんなにもフルに利用するのは初めてだ。それなりの料金を払うのだから,提供されるサービスをうまーく活用したいものだ。本来引っ越し大嫌いなのだが,今回ばかりは何だかわくわくするぞ。

初めて知った「請負」のありがたみ

 引っ越し・運送業界の超ブランド企業A社,B社のサイトで見積もりを依頼。その週末には営業さんがやってきた。

 午前中に来たA社の営業さんは若いけど優秀そう。一通り色々話して見積もってもらった後,「値段では絶対あちらに負けませんから,連絡して下さい」と不敵な笑みを浮かべ帰って行った。玄関先で見送りつつ,「ブランド企業なのに,いきなり値段勝負に持ち込まなくても・・・」と思った私である。

 だが午後に来たB社の営業さんの話を少し聞いてみて分かったのは,サービスの内容や品質に関しては,これといった違いはないということだった。成熟した業界というのはこういうものなのか。でもこれでは,値段でもサービスでも決めにくい。困ったな。

 決め手は予想しなかったところにあった。それは「契約形態の違い」だった。

 2社の営業さんに共通してお願いしたのは,「手厚いサービスにお金を払う分,別のところで安く上げる工夫を教えて」ということ。もっとも有効な節約法として2人が挙げたのは「比較的すいている平日に引っ越す」ことだ。

 さらにA社の営業さんは「作業時間を1日に収めたら」という。例えば,最終工程である「荷解き作業」を1日の終わりまでとし,残った部分は自分でやる。ただし我が家の荷物の量は,おそらく1日で処理できるぎりぎりのレベルであり,例え残ってもわずかでしょう,ということだった。なるほど。

 一方,B社の営業さんはこう言った。「うちは引っ越しというお仕事を丸ごと引き受ける契約です。かかる日数やトラックの台数,作業員の数がどうなろうと,料金は変わりません」。あれ。節約ポイントを聞けるかと思っていたんだけど。

 しかし,私の胸にぐっと来たのは,その次の台詞だった。「1日で引っ越すのはしんどいかもしれません。よかったら,1日目の午後から荷造りを始めて,移動と荷解きは翌日に,というように余裕を持たせては?もちろん料金は変わりません」。

見積もりの明朗さなら断然A社だが

 その夜,2社の見積書を見比べてみた。A社のものは作業項目が細かに分かれていて,非常に明快。「よくできてる~」。営業さんは,見積もりの項目を示しながら「ここをこうすればこれだけお安くできます」と,分析的な説明をするので説得力がある。それに比べると「請負型」B社の見積書は,かなり大ざっぱだ。

 だが,パンフレットを見比べてみると,その印象は逆転する。A社のものは見やすくきれいなのだが「新居では新品の靴下で作業させていただきます」といった“周辺気配り系”の説明にスペースを割いており,実際に含まれる作業についての記述は意外に少ないのだ。

 これに対してB社のパンフレットは,「引っ越し」を構成する作業項目が一々紹介されている。引っ越しに必須と思われる作業は当然として,「旧居の掃除」「新居の掃除」といった付帯的なサービスに至るまで一目で分かる。

 実は我が家の引っ越しはこれが4回目。直近の2回はA社を利用した“実績”がある。今回もA社でいいか,と思ったのだが,職業上の好奇心と「万一にもぼったくられないように念のためアイミツ取るか」という程度の気持ちがあり,B社にもコンタクトした次第。つまりB社はいわゆる「当て馬」だったわけです。でも,結局B社に決めた。

 ちなみに,B社にはとても有利な条件がもう1つあった。明朗見積もりのA社は,私の住む地方都市から車で1時間程度のところに物流センターと営業所がある。私の家まで来るには,慢性的に混雑しているので有名な国道を使うしかない。これに対し,「請負型」のB社では物流センターも営業所も市内にあった。

 「サービス拠点からの距離」の大切さは,システム運用にかかわる読者なら,よくご存じだと思う。サービスのレスポンスやエンジニアの出張費などに,もろに影響するからだ。引っ越しではシステム保守ほどシビアではないにしても,事前・事後の段ボールの受け渡しや,万一のトラブル対応を考えたときの小回りの効き方が違ってくる。

 ちなみに,営業さん同士を比較した場合,A社の方がやや上だった。だが今回の決め手は,営業さんの良し悪しを超えた要素だったのだから仕方がない。

「客」にもすべきことがある

 さてこれからは「客」である記者の腕の見せ所。「んな大げさな」と言われそうだが,新居で家具をどう配置し,荷物をどこに収めてもらうかを,いかに分かりやすく合理的に指示するかが,せっかくの手厚いサービスを有効活用するキモだと思っている。

 新居の“測量”や家財のリストアップと計測は既に終わった。パワポで間取り図を起こし,家具の部品を作って配置を決めた。次は,転居先のどの部屋のどの家具のどこに荷物を収めるか,という荷解きの指示書作りである。

 ずぼらな私は本来この手の作業が苦手だが,ここで手を抜くと絶対,「せっかく荷解きまでお願いしたのに,後で色々入れ替えなくちゃいけなくて疲れた~」となるので,「アホか」と言わんばかりの家人を尻目に,暇さえあればパワポの図面と家財リストをにらんでいる。

 B社に満足の行く仕事をしてもらえるかどうかは,春になって結果を見ないと分からない。だが,結果がどう転んでも,きっと何か面白い発見があるに違いない。