相手の顔を見ながら、ひざを突き合わせて対話する――。経営幹部や管理職が社員の意見に耳を傾け、“将来ビジョン”や“思い”を生の声で伝えることが、ITエンジニアが仕事に対する「やりがい」や「モチベーション」を取り戻す第一歩だと、筆者は考えている。

 最近では、経営幹部のブログや社員有志によるSNS、電子メールやイントラネットの活用など、社内における情報共有手段として、ネットを活用した“デジタル”なコミュニケーションに注目が集まっている。だが、それだけでは経営幹部と社員、上司と部下との間でビジョンや思いを共有することは難しいだろう。

見えないIT業界の将来ビジョン

 筆者が“アナログ”なコミュニケーションを見直すきっかけとなったのが、日経コンピュータが昨年11月に実施した「働く意識調査」だ。調査では、ITエンジニアの士気低下に、まず目をひかれた。4人に1人(25.3%)が仕事にやりがいを「感じていない」と答え、「強く感じている(19.1%)」を上回った。リーダー役としての活躍が期待される30歳代後半での士気低下は激しく、約3割がやりがいを感じていない。強く感じていたのはわずか12.7%に過ぎない。

 調査の企画当初、ITエンジニアの士気向上を図るには、“キツイ、帰れない、給与が低い”といった労働環境の3K対策が重要だと筆者は考えていた。「ワークライフ・バランス(仕事と生活の調和)」などといった新たな価値観が、中堅・若手世代に広まっているからだ。それゆえ、3K職場であるIT業界の人気が低下し、慢性的な人員不足に陥っていると見ていた。

 だが、ITエンジニアが求めているのは、3K対策だけではなかった。むしろ、多少3Kであったとしても、働き続けるだけのモチベーションにつながる「将来ビジョン」を求めていたのだ。上記調査で仕事に対する「やりがい」を感じない理由を聞いたところ、「仕事や会社に将来性を感じない」(41.3%)が最も多く、2番目に多かった「評価が上がらない」(31.3%)を10ポイント以上も上回った。「今の会社・仕事を続けていて大丈夫なのか?」と、自らの立ち位置を見失い、将来に対して不安を抱えているITエンジニアの姿が見え隠れする。

 この結果を見て、経営幹部の多くは「ビジョンは伝えている」と主張するだろう。だが、それは単なる思い込みかもしれない。野村総合研究所が上場企業を対象に実施した調査によれば、「経営幹部が会社のビジョンを社員に伝え、自ら実践しているかどうか」という問いに、社長の61%が「実践している」と答えたのに対し、社員はわずか15%しか、そう感じていなかった。このコミュニケーション・ギャップを埋めない限り、ITエンジニアが抱えている将来への不安は消えず、仕事に対する士気向上は望めない。

コミュニケーションの“アナログ”回帰を始めよう

 将来ビジョンや思いが伝わらない理由の一つとして、「伝え方に問題がある」と指摘する人材コンサルタントは少なくない。その最たる例が、ブログやSNS、電子メールといった“デジタル”なコミュニケーションである。

 「デジタルな手段に頼りすぎると、一方的に伝えることだけに終始しがち。基本的なことだが、“伝える”と“伝わる”は違う。ことITベンダーは、デジタルなコミュニケーション手段に頼る傾向が強い」と、大手ITベンダーのコンサルティングを手掛ける人事コンサルタントは指摘する。

 実際、取材や懇親会の席でITベンダーの経営幹部に「将来ビジョンをどう伝えているか」を聞いたところ、「毎月、社員に対して電子メールでメッセージを送っている」、「今年から社員向けにブログを始めることにした」など、案の定、“デジタル”なコミュニケーションに頼る回答が多かった。

 一方、“アナログ”なコミュニケーションの効用に気がついたITベンダーも出始めてきた。例えば、富士通サポートアンドサービスでは、ES(従業員満足度)の低下を機に、経営幹部と一般社員との車座ミーティングを開催し始めた。常務など役員クラスが各地の拠点を駆け回り、部課長抜きで社員の本音を聞き、会社の将来ビジョンや個人の経験、思いを直接、伝える。NECソフトでも若手社員と社長とが昼食を共にするランチ・ミーティングを昨年秋から始めた。

 社員の家族を巻き込んで“アナログ”なコミュニケーションを図るベンダーもある。アルゴ21やウイングアークテクノロジーズは、社長など経営幹部がホスト役となった社内イベントを開催。社員や家族との対話する機会を設け始めた。アルゴ21では、役員それぞれがアイスクリームや焼きそばといった模擬店を開く徹底ぶりだ。経営幹部が高見の見物をするのではなく、社員の視点で対話を図ろうとしている。

 新年を迎え2週間近くたったが、これから今年の方針や目標を社員に伝える会社や部門はあるだろう。電子メールやブログなど“デジタル”な伝達にとどめず、ぜひ、今年は“アナログ”なコミュニケーションを大切にしてみてはどうだろうか。大々的にイベントを開催しなくても、経営幹部や管理職がわずかな時間席を立ち、社内をぶらついて社員に声を掛けるだけでも、ITエンジニアの不安げな表情は変わっていくはずだ。