ホンダは12月19日、2006年の世界販売台数が過去最高を更新する見通しだと発表した。通期の業績でも連結の売上高が初めて10兆円を超える見通しと好調だ。この好業績の秘けつを探るために、日経情報ストラテジー2月号(発売中)の特集でホンダの現場改善力を取り上げた。ここでは、同社の改革におけるエッセンスをお届けしよう。

 「カイゼン」と聞いて、多くの読者がまず思い浮かべる企業はトヨタ自動車だろう。いまや、異業種でもトヨタ流の生産方式を取り入れる動きがあるほど、同社のカイゼンは広く知られている。もちろん、トヨタと同業種のホンダでも地道な改善に取り組んでいる。以前、ホンダの福井威夫社長に取材した際の言葉が印象に残っている。「(あるアナリストから)ホンダがイノベーションだけで改善力が足りないと言われたがとんでもない話」と語気を強めていた。特集の取材を進めるなかで、小集団活動「NH(ニュー・ホンダ)サークル」や改善提案活動など現場力を支える仕組みが、ホンダの強さを支えていることが理解できた。現場が自ら気づいて改善を続ける風土づくりを目指している点は、ホンダ流とトヨタ流の共通点である。

 ただし、「カンバン」や「JIT(ジャスト・イン・タイム)」「5S(整理・整とん・清掃・清潔・しつけ)」など、トヨタ流の改革を表現するキーワードが広く知られているのに対して、ホンダ流のキーワードはそれほど知られていない。しかし、今回取材を進めるなかで、経営層や管理職層、現場など様々な社員から同じフレーズを聞いた。それが「2階に上げてはしごを外す」だ。後戻りできない状況や極限の状況に追い込んで知恵を絞らせることの例えである。あえてストレッチした状況を作り出すことによって、良い知恵を生み出してもらおうという取り組みなのだ。

 最近では、はしごを外すの後に「火をつける」「タイマーを押す」といった言葉も加わっているそうだ。知恵を早く絞り出すために期限を設けるという意味である。経営陣が個の力を最大限に発揮してもらえる環境を作って、現場は経営陣が期待以上のものを作って応える。これがホンダの現場力の強さだ。

 例えば、新しい環境基準に対応した新世代ディーゼルエンジンの開発であれば、経営陣が立てた目標は「欧州で戦えるエンジンを開発すること」となる。ホンダはディーゼルエンジンには最後発の参入で、研究開発は長く続けているものの市場に出したことはなく他社からOEM供給を受けていた状況だった。新世代ディーゼルエンジンに開発に際して、経営陣は現場を「2階に上げてはしごを外した」のである。

 現場は経営陣の期待に応えて、ガソリン車と同等の窒素酸化物排出値が求められる米国排出ガス規制「Tier II Bin5」をクリアするエンジンを開発。なんと、最後発から1番手でクリアしてしまったのだ。さらに2006年5月、福井社長は3年後の米国市場で市販すると発表してしまった。福井社長が期限をつけて「タイマーを押してしまった」のである。

 経営陣が勝手にタイマーを押すのは自由だが、到底達成できない目標を掲げては現場のモチベーションは一気に低下しかねない。努力すれば到達できるのか、到底無理なのかは紙一重ともいえる。その絶妙なバランスの取れた目標を立てるには、経営陣の眼力が問われる。経営陣も熟慮を重ねて目標を立て失敗した場合のリスクも考えている。次世代ディーゼルエンジンの際にも、福井社長は自らハンドルを握って達成できるかどうか考えたという。福井社長には以前、テストコース上で行われたジャーナリスト向けのミーティングでF1マシンや2輪レースの最高峰モトGPのマシンに乗り込んで周回したというエピソードがある。生産現場の役員らにインタビューした際にも、「本当はスーツじゃなくて現場と同じ白衣を着ていたいんだよね」という言葉がよく聞かれた。現場と経営陣の距離感が近い。

 現場から見れば、会議で指示を出すだけでなく、トップ自らが現場で体感してから意思決定するので信頼感が増す。こうした経営陣と現場との目標設定のやり取りが、高い目標を達成したのだ。そういえば、トヨタ自動車にも「者に聞くな、物に聞け」という「現地現物」の言葉がある。アプローチや口ぐせは異なるものの、ホンダもトヨタも根底に流れる考え方は同じであることが分かった。

 多くの企業が自発的に改善できる組織を目指してトヨタ流を取り入れて実践している。同じような考え方であるホンダ流を実践するには、また異なる難しさがある。現場が改善力を身に付けるだけでなく、経営陣も現場の挑戦心を奮い立たせる目標設定力が必要となるからだ。