今年も残すところ2週間となった今,思い出してみると2006年には日本の通信業界の巨人NTTの将来を左右する大きな「出来事」がいくつもあった。それぞれが持つ意味を読み解くと,すべてが「NTTの2010年」に密接に絡んでいたことが分かる。そこで今年1年を振り返りながら,NTTの,そして通信業界の2010年を考えてみたい。

衝撃的かつ破壊的だった竹中懇談会

 2006年の最大の出来事は,1月に竹中平蔵・前総務大臣が立ち上げた懇談会(通称「竹中懇談会」)をきっかけに巻き起こった議論である。竹中懇談会はNTTの在り方について,「NTTの持ち株会社を廃止し,事業部門ごとに完全に資本分離する」という「NTT解体」案を俎上(そじょう)に載せたのだ。

 これまでにはない勢いでNTTに抜本的な改革を迫った竹中懇談会はNTTにとっては“寝耳に水”であり,時の総務大臣が自ら陣頭指揮を取っただけに破壊力も際立っていた。竹中懇談会が「NTT解体」を議論していた4~6月ころは,長年NTTを取材してきた筆者も,「これでNTTの組織が一気に変わるかもしれない」と感じたものだ。懇談会は「2010年には通信関連法制を抜本的に見直して,NTT持ち株会社の廃止などを含む検討を速やかに始めるべき」(赤字は筆者による,以下同じ)とする提言を残して6月6日に終了した。

 これを受けて6月20日に固まった通信・放送の在り方に関する政府与党合意には,「NTTの組織問題については,ブロードバンドの普及状況やNTTの中期経営戦略の動向などを見極めた上で2010年の時点で検討を行い,その後速やかに結論を得る」と明記された。「2010年」についての文言に変化が見えるのは,「NTTの組織問題は2010年ころに検討すべき」という主張をしていた片山虎之助・参議院自由民主党幹事長などとの調整を経た結果である。

 合意文書をそのまま読むと,NTTの組織問題は2010年まで猶予期間を与えられ,先送りされたように見える。しかし見方を変えれば,将来を見越して「NTTの今後に注目していますよ」と,竹中懇談会が楔(くさび)を打ち込んだとも読める。NTTは,2010年までに自らの組織が議論されるという約束を踏まえながら,今後の事業展開を進める必要がある。

 というのもNTTは現在,2010年に向けた大々的な目標を立て,それに向かってまい進しているからだ。

光ファイバは順調,次世代ネットの実証実験も始まる

 NTTグループの目標とは,2004年に発表した「2010年には3000万のユーザーに光アクセスと次世代ネットワーク・サービスを提供」という中期経営計画である。その1年後の2005年11月に発表した中期経営計画の「アクションプラン」では,次世代ネットワークの構築をNTT東西地域会社とNTTドコモに担当させ,NTTコミュニケーションズに法人営業とインターネットのポータル・サービスなど「上位レイヤー」を担当させるという“役割整理”を発表。これを受け2006年8月に,1200人規模の人材を東西NTTからNTTコミュニーションズに移籍させた。

 2004年の発表当時に,途方もない目標と思われた「光アクセス3000万」という目標に対しても,NTTグループは着々と歩みを進めている。東西NTTが提供する光ファイバ・サービスの契約数は2006年11月に500万契約を突破。2006年度の270万純増という目標も達成できる見通しが立ったという。3000万という大目標に気を抜けない状況に変わりはないものの,NTT幹部の口ぶりから,その達成に向けた自信が垣間見えるようになってきた。

 次世代ネットワークの構築も進んでいる。12月20日に東西NTTが米シスコやNECなどのメーカーや,KDDIなどの通信事業者を含む実証実験をスタートさせる。2007年末には,次世代ネットの商用サービスを開始する計画だ。

 次世代ネットの構築は光ファイバの敷設とともに,NTTの事業拡大の両輪となる。高速なアクセス回線である光ファイバをただ引いただけでは,サービスのプラットフォームとしては不十分だからだ。次世代ネットで,映像を配信するために必要な品質確保やユーザーの認証などの機能を実現できるようになる。

IP電話の停止が揺るがしたのは信頼性だけではない

 グループを挙げて光ファイバと次世代ネットの構築を進めているからこそ,2006年秋にNTT東西地域会社が引き起こしたIP電話サービス「ひかり電話」の相次ぐ停止は,NTTの将来像に冷や水を浴びせかけた。

 このトラブルの問題は,NTTが長年培ってきた電話サービスへの信頼性を揺るがせてしまったという点だけではない。東西NTTともに事態の収拾まで約3日を要してしまったため,IP電話のノウハウが不足しているのではないか――という疑念が指摘されたことだ。この結果,従来の電話をIPに乗せ変えようとするNTTの動きに疑問符が付いてしまった。

 NTTは2010年までに固定系通信のコストを8000億円程度引き下げ,2010年以降に加入電話網を廃止する方針を固めている。その重要な役割を担うのが従来の電話サービスに代わるひかり電話である。IP電話の特長を生かした通話料などをアピールすることで,ユーザーにメタルから光ファイバへの回線切り替えを訴えるキラー・アプリケーションにもなっている。

 しかし今後再び大規模なトラブルを発生させるようだと,ひかり電話に悪いレッテルを貼られかねない。それほど現在のひかり電話には厳しい視線が注がれているといっても過言ではないだろう。

通信事業の成長のために何をすべきか

 ここまでしつこく書いてきたのでお分かりのように,2010年ころに日本の通信が大きな節目を迎える。予定通りなら,光ファイバと次世代ネットが3000万のユーザーに使われており,従来の電話からIP電話への移行が進んでいて,NTTの組織見直しが本格化する。

 さらにもう一つ,通信の枠を超えた大イベントも控えている。2011年7月の地上アナログ放送停波である。これを見越して総務省は地上デジタル放送を受信できない,いわゆる難視聴世帯への有力な対策の一つとして光ファイバなどの通信インフラを利用する案を持っている。

 つまり通信事業者が整備した光ファイバが,電話やインターネットなどの通信サービスだけでなく放送コンテンツをも送り届けるメディアとなる。これがきっかけとなり,通信業界としては願ってもない,「放送と通信の融合」が一気に進む可能性さえ見えてきた。そのときにNTTをはじめとする通信事業者はどういうビジネスを指向すべきなのか。

 一方,通信業界の市場規模は2001年をピークに減少方向に向かっている。通信サービスの料金がここ数年右肩下がりとなる中,通信事業者が単なる伝送路を提供するだけでは,今後ジリ貧に向かうという恐れもある。唯一好調な携帯電話事業でさえ,新型無線サービスの開始など競争の激化で現在のまま推移できるとは限らない。

 2010年はNTTだけでなく,KDDIもソフトバンクテレコムも次世代ネットワークを完成させているタイミングである。であれば,2010年時点のビジネスモデルを描くにはもう遅すぎるくらいだ。

 とすると,通信事業者が今なすべきことは, 2010年の将来を踏まえたビジネス創造にパワーを割くことである。2010年以降の成功モデルをいち早く確立できたところが,通信にとどまらないビジネスの果実を手にしていることだろう。

 本記事は日経コミュニケーションが発行した単行本(「2010年 NTT解体~知られざる通信戦争の真実」)の内容をベースに執筆した。単行本の正式な発行日はまさに今日,12月18日だが,既に一部の書店の店頭に並んでいるので目にされた方がいるかもしれない。本記事を読んで通信業界の将来に興味を持たれた方は,ご一読いただけると幸いである。