この記事が掲載される12月11日は,ちょうど情報処理技術者試験(平成18年度秋期試験)の合格発表日だ。合否の知らせに,一喜一憂している読者も多いことだろう。

 ところで,この情報処理技術者試験が,今,大きな転換期を迎えている。受験応募者数が激減しているのだ。2002年には80万人を超えていた応募者数も,今期の試験シーズンが完了した2006年は60万人と,ピーク時の4分の3以下にまで落ち込んでしまった。

 情報処理技術者試験を取り仕切る情報処理推進機構(IPA)は,応募者数の激減について「年1回または2回と,試験実施機会の少なさが原因ではないのか」,「若い世代のIT業界離れが起こっているからではないのか」などと分析している。しかし,IPAが考えるような環境的な要因よりはむしろ,「受験意欲の低下」という個人の心情的な要因の方が大きく影響しているのではないだろうか。

「国家試験は,一生モノの価値を持つ」という幻想

 情報処理技術者試験は,経済産業省が所轄する国家試験の一つ。この「国家試験」という言葉には,「これさえ持っていれば,一生,仕事には困らない」というイメージが付いて回る。建築士や調理師,会計士,弁護士,医師,薬剤師といった免許・資格の交付を目的とした他の国家試験と混同してしまうからだ。

 同じ国家試験とは言え,情報処理技術者試験は免許をもらえる類の試験ではない。あくまでも情報処理技術者としての能力の高さを試すものだ。例えば,「プロジェクトマネージャ試験」の合格者だけが,プロジェクトマネージャの仕事に就けるわけではない。システム構築の現場で経験を積んできた人なら誰でも,プロジェクトマネージャに就けるチャンスがある。

 バブル期を経て長くIT業界で働く人々が増え,こうした認識が広まったことが,受験意欲の低下に影響を与えたとも考えられる。かといって,純粋に腕試しのために受験するにしても,ハードルが高い。現役のプロジェクトマネージャが必ず,「プロジェクトマネージャ試験」に合格できるわけではない。合格するには,知識を整理するための受験勉強の時間を日々の業務とは別に割く必要がある。

個人の習熟度と対応付けて「やる気」を引き出す

 受験意欲を高めるには,他の国家試験にはない別の形で,合格したことが仕事と直結していると実感できる仕組みが必要になる。

 情報処理技術者試験を所轄する経済産業省も,こうした仕組み作りに取り組み始めた。同省は9月,IT人材育成の提言をまとめる「人材育成ワーキンググループ(WG)」を設置し,2007年3月までに具体策をまとめる予定だ。議題の一つとして,情報処理技術者試験の改革が挙がっている。

 まだ方針が固まったわけではないが,現時点では,ITスキル標準(ITSS)と情報処理技術者試験の試験区分を対応付ける方向で検討が進んでいる。ITSSとは,IT業界で働く人々を対象に,知識や技術の習熟度を7段階に分けて体系化したもの。人材育成の指標として採用する企業も多い。

 人材育成WGが検討のベースにしている改革案は,このITSSを業界標準のものさしと位置づけ,そこへ情報処理技術者試験の試験区分を当てはめること。これによって,試験の合格が,個人の持つ習熟度の証明となり得る。また,業界標準のものさしが基準になるため,人材の流動化を促しやすくなる。

 こうしたことから,人材育成WGの検討する施策が,個人の「やる気」を引き出す可能性は高い。

企業側では情報処理技術者試験を改めて見直す動き


 IT業界に関連した試験制度は,情報処理技術者試験のような国が実施する「公的資格」のほか,「ITコーディネータ」のように民間団体が実施する「非ベンダー系資格」,日本オラクルの「ORACLE MASTER」といった「ベンダー系資格」などがある。日経ソリューションビジネスでは,毎年,ITベンダーを対象にした「いる資格,いらない資格」の調査を実施している。その結果はWebで公開していく(2007年版「いる資格、いらない資格」)。

 一昨年の調査では,ベンダー系資格の取得を促す企業が多かった。ところが,今年は公的資格の取得を促す企業が増加と,傾向が一変している。

 ベンダー系資格を取得するには,製品に関連した深い知識が欠かせない。このため,受験に向けた勉強の成果が業務にも直結しやすい。問題は,資格の寿命が短いこと。次のバージョンが登場すれば,同じ製品でも新バージョンに対応した試験を再度受ける必要があるからだ。どちらかと言えば,期間限定の即戦力を育成する場合に向く。

 一方,公的資格はベンダー系に比べて寿命が長い半面,即戦力にはなりにくい。にもかかわらず,ここにきて企業の人材育成担当者が公的資格の取得に力を入れ始めたことから,長い目で見た人材育成のツールとしてIT資格を活用したい,という人材育成担当者の思惑が見て取れる。

 雇用の受け皿となる企業側では,情報処理技術者試験を改めて見直す動きが出ている,とも言える。人材育成WGの方向性は,今のところまだはっきりしないが,情報処理技術者試験が復権する余地はありそうだ。