日経コンピュータの11月27日号で,「NGNで何が変わるか」という特集を執筆した。

 その取材の過程で,一つの興味深い話を聞いた。ある大手の国内SIベンダーが,「NTTに市場を食われてしまうのでは」,と本気で不安を抱いているというのだ。

 日本では,NTTグループがこの12月20日からNGNのトライアルに着手し,2008年の初頭にはNGNの本格サービスへと移行させる。そもそもNTTにとってのNGNは,まずは旧来の通信網をオールIP化し,電話を新サービスで置き換えるということ。大型の電話交換機は各社が製造を中止しているため,IPルーターやSIPサーバーを中心とした電話網への切り換えを余儀なくされている。こうして2010年には,多くのユーザー企業が好むと好まざるにかかわらず,通信インフラとしてNGNを使うことになる。

 冒頭のSIベンダーが不安を抱いているのは,この次のステップにある。NGNのインフラは,通信回線とアプリケーション提供の2層に分かれているのが特徴だ。国際電気通信連合 電気通信標準化部門(ITU-T)でアーキテクチャを定めており,NTTもこれを採用している。

 こうした構造になっているため,通信事業者がアプリケーション提供の層に機能を追加し,NGNのIPネットワークを通じて様々なサービスを提供できるようになっている。

 例えば,各種のERPパッケージ(統合業務パッケージ)やグループウエアといったアプリケーション,ファイル・サーバーやデータベース・サーバーが利用できるサービスをNGN経由で提供することが考えられる。もう一つが,これまでは通信事業者のみが使っていた機能の公開だ。電話回線の利用状態,携帯電話端末の位置情報提供などの状態を表すユーザーのプレゼンス情報,ユーザーの利用権限や回線の正当性を認証する機能などが挙げられる。

 これらの機能を組み合わせ,通信事業者自らがユーザーへのサービス提供に乗り出すことが想定される。

 運送会社の配車システムを例に考えてみると,通信事業者がNGN上で,顧客管理と車両管理のシステムを連携させるといったことが可能となる。通信事業者のセンター側のシステムが,配送を依頼してきた顧客の電話番号から住所を割り出し,NGNを通じて取得したトラックの車載端末の位置情報とマッチングして,最も近いトラックに携帯電話や無線LANなどで集配の指示を出す,といった具合だ。

 従来もこうしたシステムはあるが,通信事業者がNGNを使って簡単かつ安価に構築できるようになる。NGNのサービス層に機能をモジュール単位で次々と追加することで,新たなシステム要求にも応えることが可能となる。これらはSOA(サービス指向アーキテクチャ)の考え方に極めて近いシステム構築手法と言える。

NTTはNGNでSIベンダーへと変貌を遂げられるか

 IT業界の中には,「NTTのような大手の通信事業者には,現在のSIベンダーと同じようなサービス提供は無理なのでは」といった声が根強い。記者もそう思っていた。NGNの通信設備をSIベンダーやアプリケーション・ベンダーなどに開放し,共同でユーザーへのソリューション提供に取り組むのが現実的だ。

 しかし冷静に分析すると,冒頭の大手SIベンダーの不安はあながち外れていないのでは,とも思う。2010年にはSI業界に,異なる風景が広がっている可能性がある。NTTを“回線屋”と見るのは視野が狭すぎる。

 NTTはNGNの構築と同時に,ユーザー宅までの通信網の光化にも取り組む。メタル線は耐久性が高い光ファイバに,電話交換機はIPルーターなど汎用の通信機器にそれぞれ置き換わり,「2010年時点で固定網の費用を年間8000億円削減できる」(NTTの和田紀夫社長)としている。

 これは裏を返せば,いままで回線の構築や補修に携わっていたNTTの社員が,従来ほどの頭数は必要なくなるということ。グループで固定の通信回線を保有する東西NTTと関連する保守・運用/サービス会社(東西OS会社と呼ぶ)の社員数は計11万5000人。これらの会社で年間5兆円弱を売り上げている。2010年時点でここから年間8000億円の費用を削減するということは,単純計算で2割弱の人員が必要なくなる,と見ることができる。つまり,この約1万8000人もの雇用を維持する策が必要だ。

 こうした雇用の維持に,NGNが果たす役割は小さくないだろう。東西NTTや関連会社が通信回線を販売するのと同時に,アプリケーションやサービスも販売することで,下支えできる。実際,NTTはソリューションやコンテンツの提供など非通信分野,いわゆるノン・トラフィック(非通信)分野のSI事業への進出を強化している最中だ。同社は「2010年に年間5000億円の売り上げ増」と表明している。資金とノウハウも豊富だ。NTTは移動体も含むグループ連結で年間1兆円以上の営業利益を稼ぎ出しており、グループ内にはNTTデータのような巨大な SIベンダーも控えている。

 もっとも,通信事業者としてのNTTによるSI事業への進出の道は平坦ではない。その構図は,東京電力による通信事業への進出と重なる。東電は,東京通信ネットワークやアステル,パワードコムなどを設立し,電話やPHS,企業向け固定通信などを手がけたものの,すべて挫折してしまった。

 東電による通信事業への進出も,元々は余剰人員の有効活用という意味合いが色濃いものだった。電力会社は,電柱や管路,光ファイバなど重要インフラを保有するため,通信事業を優位に進められるとの判断があった。電力設備同士をつなぐ通信サービスのノウハウもあった。しかし,最終的には,通信業界に君臨するNTTとの戦いに敗れ,事業をKDDIなどに完全売却してしまった。

 東電の挫折は,インフラと資本力があっても,本業以外では必ずしも成功しないということを示している。くしくもNTT自身が,東電を退場させている。

 NTTは電話に代表される「マス向けサービス」の提供を得意とする企業グループだ。何百万,何千万というマスのユーザーを相手に,メニュー化したサービスを提供してきた。これに対してSIが本業であるベンダーは,ユーザー個別の要求に応じたシステムを作り込むカスタマイズに長けている。

 NTTはNGNというSI事業のインフラを手に入れたものの,「顧客の細かな要求に応える」といった点で,企業体質の変革が必要だろう。NTTはNGNでSIベンダーへと変貌を遂げるのか。次なる動きをSI業界が注視し始めた。