今,日本でバレーボール世界選手権が開催されている。というわけで次の日本の対戦相手がブラジル,という話ではない。IT業界の話なので,誤解なきよう。まずは,お断りさせていただく。

 さてサッカー,サンバ,アマゾン・・・。ブラジルと聞いて,皆さんは一体何を思い浮かべるだろう。最近だと,高成長が続くBRICs(ブラジル,ロシア,インド,中国)市場の1カ国として認知されているのかもしれないが,IT業界ではなじみのない国ではないだろうか。オフショア開発の拠点としての地位を確立しつつある中国・インドに比べれば,ブラジルの話など耳にしたことがない人も多いはずだ。

 最近,IT業界の担当者数人に,ブラジルのIT事情について質問してみたところ,「知らないけれど,何か動きがあるの?」といった返答ばかり。フツウはそうだろう。記者もちょっと前は,ブラジルのIT事情など全く関心がなかった。ブラジルといえば,カナリア軍団とカーニバル(毎年2月に開催される)をイメージする程度の人間でした(ブラジルの皆さん,不勉強ですいません)。

 でも,今は違う。ブラジルの大手システム・インテグレータ「ポリテック」の存在を知って,ブラジルを見る目が変わった。「すごいITベンダーが実在するのか。中国,インドだけじゃないんだな」と。

「ちゃんとソフトウエア・エンジニアリングしていた」

 ポリテックの話を生まれて初めて聞いたのが今年5月末だったと思う。三菱商事系のIT関連会社であるアイ・ティ・フロンティア(ITフロンティア)の古川勝博執行役員ITプラットフォーム事業担当役員をぶらりと訪問したときのことだった。

古川氏「戸川さん,先週ブラジルに行ってきたんだよ」

記者「ずいぶんと珍しいところに行かれたんですね。ご家族と一緒ですか?でもカーニバルの時期ではないですよね。なんでまた,そんな遠くまで?」

古川氏「違いますよ。ビジネス。ブラジルに有力なITベンダーがあると聞いて,視察に行ってきたんだよ」

 古川氏の視察先が,ポリテックだったわけである。ブラジルから帰国して間もなかったこともあり,時差ぼけがきつかったはずだ。それにもかかわらず,古川氏はポリテックで見聞きしたことが強烈だったらしく,その感想を熱く語ってくれた。

 「ポリテックは,CMM(ソフトウェア能力成熟度モデル)でレベル5を取得していると聞いていたけれど,いや本当だった。ソフトウエア・エンジニアリングをきっちりやっていて,脅威すら感じたよ」。

 ポリテックは「ソフトウエア・ファクトリー」と呼ばれる開発体制の呼び名で,要件定義や開発,テストといった工程ごとにチームを組んで,ユーザー企業のシステムを構築する。「プロジェクトマネジメントや設計,開発,テストといった役割分担が明確で,各チーム間でコミュニケーション・ギャップがないよう,ドキュメント管理が徹底されている」(古川執行役員)という。

 そのポリテックは社員6000人の独立系システム・インテグレータとして,ブラジル銀行やFBI(米国連邦捜査局)のシステム構築を手掛けた実績がある。ブラジル市場におけるITサービス市場では,米IBMに次ぐ2位のシェアを誇り,米ヒューレット・パッカードや米アクセンチュアなどを抑えている。

ITフロンティアはポリテックと提携へ

 古川氏のポリテックに関するレポートを基に,ITフロンティアはポリテックとオフショア開発で提携すべく,交渉を進めている。年内には正式な契約を結ぶ見通しだ。

 ITフロンティアは,「ポリテックには,サーバー・サイジングやデータベースのチューニングのスキルを備えた人材が豊富である点にひかれた」と古川執行役員は打ち明ける。さらに日本とブラジルの約12時間の時差を生かすことで,「システムの24時間遠隔監視サービスなどデータセンター事業でも手を組みたい」(古川執行役員)とする。

 こうしたポリテックの技術力の高さに加え,ITフロンティアは日系人エンジニアを確保しやすいことも評価している。「親日家で日本語を習得したいというエンジニアも多く,パートナーとして組みやすいと思った」と古川執行役員はこう振り返る。さらに「日本のユーザー企業のシステム構築ビジネスにも興味を持っている社員の多さに心を動かされた」と続ける。

地球の裏側にも目を向けてみなきゃ

 ポリテックについては,古川執行役員だけでなく,東京大学大学院工学系研究科の大場 善次郎教授の評価も高い。大場教授は先月,ブラジルに渡りポリテックを視察してきた感想をこう語る。

 「ブラジルは日本に比べて,エンジニアを育てる教育体制がしっかりしている。ポリテックはそうした環境の中で,エリート・エンジニアを一定層確保しているし,『ソフトウエア・ファクトリー』という仕組みで,品質の高いソフトウエアを作る体制を敷いている。日本のITベンダーが見習うべき点は多い」。

 こうした話を聞くと,「日本の裏側にもすごいITベンダーがあるんだなあ」と素直に感じる。それと同時に,己の無知を恥ずかしくも思う。記者個人これまで「グローバル化」という言葉を使った記事を何本も書いてきた。そのくせ,「ブラジルは遠くて,オフショア開発の拠点としてはどうか」とか「BRICsといってもIT業界にはあまり関係がない国だ」とどこかで勝手に決めつけていたように思う。

 これではいけない。「次はブラジルではないだろうか」。最近,こうした想いが強くなってきた。鉄は熱いうちに打て。ではないが,強いITベンダーがそこにあるなら,研究しなければならない。日本のITベンダーが見習うべき何かがあると思うのだ。ITベンダーもユーザー企業も,今後のパートナー候補として,ポリテックのような企業を知る価値はあるはずだ。

 ポリテックの名前を聞いてから,半年間,記者はさぼっていた。その反省もあり,これから真剣にポリテックの企業研究をしてみようと思う。その結果は,近いうちに日経ソリューションビジネスで掲載しようと考えている。