「そういえば最近,Bluetoothって聞かないなぁ」――。フィンランドのノキアが新しい近距離用無線通信技術「Wibree」(ワイブリー)を発表したというニュース(関連記事)を聞いたとき,そんなことが頭に浮かんだ。

 Wibreeの仕様を見ると,低消費電力という特徴はあるものの,近距離で数Mビット/秒の伝送速度を実現するという点でBluetoothとよく似ている。しかし現状では,そのBluetoothはあまりパッとしない。

 例えば携帯電話機でいうと,NTTドコモが10月12日に発表した903iシリーズ14機種のうち,Bluetooth機能を装備しているのは松下電器産業製の3機種だけ。KDDIのauで見ると,現行の機種でBluetoothに対応しているのは東芝製のW44Tのみである(ソフトバンクモバイルだけは,ほとんどの機種がBluetooth対応だったが)。各パソコン・メーカーの2006年秋冬モデルのノート・パソコンを見ても,Bluetooth対応機種は少ない。

 Bluetoothは,身に付けた情報機器を相互につないでネットワーク化するPAN(personal area network)の実現技術として有望だったはずだ。なのに,どうしてこうなってしまったのだろうか?

 そこで今回は,Bluetoothを取っ掛かりにして,近距離無線通信の今後について,ちょっと考えてみた。

Bluetoothの必要性はなくなった?

 BluetoothとPANの現状について,モバイル機器の進歩も含めてつらつらと考えていると,PANの必要性自体が一時に比べて低くなっているように思えてきた。理由(要因)は大きく四つある。それは,(1)携帯電話機の多機能化,(2)モバイル機器の記憶容量の大容量化,(3)携帯電話のデータ通信速度の向上,(4)USBの浸透――だ。

 (1)は例えば,携帯電話機がディジタル音楽プレーヤの機能も併せ持つと,携帯電話機と音楽プレーヤの間でデータをやりとりする必要性がなくなるということ。複数の機能が携帯電話1台に集中すると,単機能の機器が不要になるので,その間の通信がなくなり,PANの活躍の場がなくなる。

 (2)は例えば,ディジタル音楽プレーヤに音楽データを流し込むのに無線通信は使わないということ。大容量のデータをモバイル機器側に蓄えられるようになったおかげで,データをすべてモバイル機器に流し込んでおけば済むようになり,リアルタイムの通信機能の必要性が薄れた。iPodなどはパソコンからUSBで直接,あるいはUSB接続のクレードル経由でバッチ処理的に音楽データを流し込む。SDカードなどのメモリー・カード経由でデータを受け渡しするものも多い。

 仮に,リアルタイムに無線通信で音楽データをモバイル機器へ流し込むとしても,それは(3)の高速化された携帯電話サービスを利用する格好になる。PANの出番はない。

 (4)は例えば,ディジタル音楽プレーヤだけでなく,ディジタル・カメラ(デジカメ)などのモバイル機器にも,最近はUSBインタフェースが標準で搭載されているということ。デジカメを直接プリンタに接続して,撮影した画像を印刷できる「PictBridge」のしくみも一般的になった。ここでもPANは必要ない。

 PANから離れてパソコン周辺に目を向けてみると,Bluetoothが活躍している場面というのがなかなか見えてこない。周辺機器はすべてUSBでつながるようになっている。周りを見渡しても,「ケーブルが邪魔になる」という理由でキーボードやマウスにBluetoothを使っているユーザーがいる程度だ。

 そもそものニーズがなければ,そのニーズをターゲットとした技術も普及しない。Bluetoothは今,そんな状況にあるように思える。

近距離無線通信ならではの強みとは?

 では,Bluetoothやこれから登場するWibreeといった近距離無線通信技術が活躍できる場がまったくないかというと,そんなことはないだろう。いくつかの条件をクリアした分野であれば,その存在意義は大きくなる。

 クリアすべき条件には,まず,リアルタイム性が必要な通信であることが挙げられる。バッチ処理的にデータをストアしておけば済むのなら,大容量化したモバイル機器に事前にデータを入れておけばいい。だが,その都度発生するデータをやりとりするケースではそうはいかない。電話や機器の操作,常時監視しつつデータを送るといった用途には,近距離無線通信が入り込む余地がある。

 さらに,ちょっと離れているものと通信する場合など,ケーブル接続の手間がかかるようなケースも,条件として挙げていいだろう。「机の上のケーブルが邪魔になる」という前出のユーザーや,カーナビと携帯電話を組み合わせて実現するハンズフリー通話のニーズだ。さまざまな装置を動かすリモコンもこれに含まれる。ただし,こうした用途では,赤外線通信などの競合技術があることも押さえておくべきだろう。無線ならではの強みを生かす使い方を考える必要がありそうだ(ちなみに,任天堂の新型ゲーム機 「Wii」のリモコンには,指向性を問わない無線通信技術の特徴からBluetoothが採用されたようだ)。

 これらの条件を満足するアプリケーションであれば,近距離無線通信は大いに役立つだろう。ノキアはWibreeの説明資料の中で,スポーツやウェルネス,ヘルスケアといった分野での利用を想定している。ランニングした距離と時間のデータを逐一記録したり,心拍数や呼吸数の変化を常時監視するといった用途だ。

 近距離無線通信は,従来の延長線上にあるアプリケーションではなく,これまでにないアプリケーションにこそ活躍の場があるように思える。つまり,技術だけが先走りしても意味がない。新しいアプリケーションと組み合わせて市場に出してこそ,意義があるのではないだろうか。