食品メーカーのA社は,同業他社との合併によってブランド数が倍増。営業体制を再構築するため,戦略コンサルティング会社の支援を受けて改革プロジェクトをスタートした。

 コンサルティング会社は営業担当者からのヒアリングに基づいて,地域別の潜在市場規模を割り出し,現行の営業組織を再編して各市場に適切な人員を割り振った。また今後成長が期待され,業界内の影響力も大きいと思われる小売りを「重点顧客」として抽出し,積極的な訪問で関係を深めることにした。そのため営業担当者の日報を電子化し,訪問先や商談内容を管理する体制を整えた。

 プロジェクトには,営業部門のトップのほか,全国の営業所の優秀なメンバーが参加し,商談のノウハウなどのナレッジを相互に出し合ってマニュアル化した。プロジェクトでの貢献度が高かったメンバーを,地方から東京の主要拠点の営業所長に抜てきし,新しい営業体制推進の核と位置づけた。

 3カ月後プロジェクトは終了し,コンサルティング会社は去った。この後,A社には何が起こったか。

 営業組織は再編されたが,営業担当者の多くは,以前から付き合いの深い取引先に日参し続け,「重要顧客」と指定されても,それまで付き合いの浅かった顧客には足を運ばなかった。既存顧客との人間関係で,その年の販売目標はクリアできる見込みがあり,わざわざ新規の「重要顧客」を開拓する必然性が薄かったからだ。

 市場規模を基に再編した地域別の営業体制も,営業担当者からの納得を得られず早々に再再編成を迫られた。市場規模データの根拠が営業担当者からのヒアリングに基づいており,「信ぴょう性が低い」と一部の営業担当者が猛反発したためだ。

 電子日報のシステムもほとんど功をなさなかった。商談内容の項目には「定期訪問」の文字だけが並び,営業担当者は「忙しすぎて,いちいち詳細を入力する暇がない」と口々に不平をもらした。

 そしてプロジェクトで頭角を現し,東京の拠点に抜てきされた営業所長は,周囲から冷ややかな視線を浴びた。「地方でうまくいった施策が東京でも通用すると思ったら大間違い」「コンサル会社におもねって,うまくやった」。他の所長からこうした中傷を浴び続けながらも孤軍奮闘で新戦略を実行し続けたが,やがて疲弊して元の職場に異動願いを出した。


 以上は,私がかつて勤務していたコンサルティング会社で経験した事例です。下っ端コンサルタントとして15年以上前に携わった仕事ですが,このとき経験した徒労感は,私がコンサルティング会社を辞める1つの契機となりました(もちろん,コンサルタントとしての適性のなさが最大の原因ですが)。

 考え抜いた戦略がなぜ実行されないのか。改革はなぜ後戻りしてしまうのか。転職して記者となり,様々な企業の経営改革を取材する機会を得るようになってからも,その思いは常に付きまとっていたように思います。

 日経情報ストラテジー2007年1月号(2006年11月24日発売)では「改革のリバウンドを乗り越えろ」という特集記事を掲載します。業務改革に取り組む企業が,停滞や後退を経験する過程で,戦略や手法を見直して成果を手にするまでをリポートし,リバウンドを防ぐポイントを考えました。この過程で私自身,長年の問題意識の解が少し見えてきたような気がします。

難しい「当事者意識」の醸成

 多くの企業に取材をしてまず痛感したのが,現場が「当事者意識」を持つことの重要性です。業務改革はトップの発案で始まり,改革推進事務局などの専門組織が枠組みを作って運用に乗り出すケースが一般的です。A社のようにコンサルティング会社を使う場合も多いでしょう。
 
 ここで置き去りにされてしまいがちなのが「現場」です。本来改革を実行し,仕事のやり方を変えていく主役であるはずの営業や製造の担当者が,改革の必然性を実感しないままに巻き込まれるケースでは,「上からこんなお達しが来ているけど,表面だけ取り繕っておけばいい」という面従腹背が起こりがちです。
 当事者意識を醸成し,積極的に改革に取り組む機運を盛り上げるには,改革プロジェクト立ち上げの時期に,なるべく多くの社員を巻き込むことが必要でしょう。仕事に対する問題意識を吐き出し,将来への危機意識を共有する場を設けることで,「自分が変わらなければ」という意識改革を促進できます。

 A社の場合も,コンサルタントのヒアリングにとどまらず,営業担当者同士が直接話し合う機会を持って,市場規模と営業リソースのアンマッチなどを浮き彫りにしていけば,組織再編への納得性も違っていたかもしれません。

 と言うのは簡単ですが,実際のところ,この意識付けが一番難しいというのも今回の取材の実感です。合宿や全社員集会などを実施しても,「腹を割った」話し合いができるという保証はありません。近年人から本音を引き出して,問題解決の意欲を生み出すコミュニケーションスキルとしてファシリテーションやコーチングなどの手法が注目されていますが,こうした手法を積極的に取り込んでいくことも検討に値するでしょう。

部長を「外す」覚悟を

 2つ目のポイントは,経営者トップのリーダーシップです。これは「我が社には改革が必要だ。みんな真剣に取り組もう」という旗振りのレベルではありません。部門のキーマンとマンツーマンで話し合い,改革の意図を啓もうして,全社目標を部門別の目標にブレークダウンする。現場に絶えず目を配り,声を掛けてモチベーションを維持する。こうした細部への目配りまでを,トップが「自分の仕事」とみなしている組織なら,改革の成功率は高まるはずです。

 3つ目のポイントは,業績評価や人事など既存の経営システムとの融合です。例えばA社の事例では,営業改革を唱えているにもかかわらず,業績目標がそれを実行しなくても達成できるようなものだったために,「あえて新しいやり方でやらなくてもいい」という意識を現場に植え付けてしまいました。

 業績より改革を優先させるというのは,トップにとってはリスキーな選択であることは否めませんが,改革への貢献度(A社の場合であれば重要顧客との関係構築など)を評価基準に盛り込むなどの施策があれば,社員の目の色も変わってくるはずです。

 そして人事。A社の場合は,改革をけん引するリーダーを要職に抜てきしましたが,独りでは抵抗勢力に打ち勝てませんでした。あるコンサルタントは「むしろ必要なのは,抵抗勢力を排除すること」とさえ言います。中堅企業では,経営トップが改革に後ろ向きな部長などを外すという思い切った決断を下した結果,改革活動が定着した例もあるそうです。

 取材を通じてこうしたポイントに気づくたびに,A社の仕事をしたときの自分の未熟さ,至らなさを改めて恥じました。A社はその後,買収や合併の波にさらされ,今はもう社名も残っていません。当時のプロジェクトメンバーの方にお会いできたら,「15年かかってやっと間違いが分かりました」と言えるでしょうか。いや,「もう会いたくないよ」と言われるでしょうが。