今から9年後の2015年。ロボット産業における年間の国内需要見込みは1兆1000億円。現在の国内パソコン出荷金額が1兆6075億円(2005年度、電子情報技術産業協会調べ)だから、その3分の2に匹敵する規模となる。
1兆1000億円という試算は経済産業省が2006年5月に公表した「ロボット政策研究会中間報告書」に記されたもの。経済産業省が研究会を立ち上げてまで、ロボット産業に注目するのには理由がある。
ひとつは、いわゆる2007年問題。団塊の世代の一斉退出による労働力不足を補うための潜在需要がロボットにあると考えている。
もうひとつが産業の創造。ロボットは機械、電子、ソフトウエアと技術の塊である。日本の高度な「ものづくり」力は、ロボット製造において大きな競争力を発揮できるというのだ。同省はその分野の技術革新と需要喚起をうながすべく、今年最も活躍したロボットに「『今年のロボット』大賞2006」を年末に授与することも決めている。
こうした動きに応じるように、大学、IT企業、ベンチャー、重機メーカーとさまざまな企業や研究機関が毎日のように成果を発表している。2005年の愛知万博で「ロボットブームが到来」と言われたが、その後も下火になったわけではない。
ロボットは人の注目を集める魅力がある。2006年10月上旬に開催された展示会「CEATEC JAPAN 2006」でも自転車に乗って坂を登る「ムラタセイサク君」がデモを始めると多くの観客が集まり、ブース前の通路に人が通れないほどだった。
こんなにある!家庭向けロボット
以前は企業や大学の研究機関だけのものだったロボットだが、現在では家庭向け製品も数多く登場してきた。決して数は多くないし、どこにでも売っているわけでもない。それでも、製品は増え続けており、ロボットを生活の一部に取り込んでいる人は確かに存在する。現状の家庭向けロボットの役割を大まかに分類すると「家電との融合」「新しい入出力機器」「ホビー向け」の3つだ。
「家電との融合」を果たすためのロボットは、生活上での実利面を重視した製品と言える。例えば、米アイロボットのRoombaはロボットと掃除機を組み合わせた製品。室内を自動的に移動しながらホコリを吸い取ってくれる。
国内製品では、ゼットエムピーが2006年12月に発売するmiuro(ミューロ)が家電との融合を果たす。いわばステレオコンポのロボット化で、左右に大きな車輪が付いており、隣の部屋から無線LANで呼び出せる。パソコン内部の音楽データを再生でき、音楽に合わせてダンスを踊る。センサーでの判断、CPU処理、移動というロボットの機能を家電に組み合わせることで、これまでにない用途を生み出そうというわけだ。
「新しい入出力機器」の例は、テムザックが販売しているロボリアに見ることができる。携帯電話からの遠隔操作でロボットを動かすことができ、内蔵カメラからの映像を転送できる。
ユニークなのはスピーシーズが2006年10月末から出荷するMI・RAI-RT。携帯電話から指令を送ると、メッセージを合成音声で話すと同時に、指定したモーションを手足を使って再生する。帰宅時に家族へメッセージを送った場合、「カエリマス。オナカガスイタ」とロボットが音声を出すと同時に、両手で腹を押さえるといった具合だ。身振り手振りで気象情報、占い、クイズといったコンテンツを再生する機能もある。
このほかにも、イクシスリサーチは歌舞伎の動作を再現できる踊る! 和ボットを製作している。これもデータ出力の新たな手段としてロボットを活用している一例と言える。
熱狂的なファンが生まれつつある「ホビー向け」製品。実は、筆者はこの分野の製品が、ロボットの用途を大きく拡大する可能性があると注目している。
自作ロボットがブームの火付け役?
現状の家庭向けホビーロボットは、1970年代後半に登場したパソコンの前身であるマイコンの組み立てキットに似ている、とよく言われる。一部のマニアがキットを組み立てて、プログラムを組み、改造して楽しむ。人間型の2足歩行ロボットは、人間と同等のことができる汎用性を持っている。将来はパソコンのように大きく発展するかもしれない。
「ホビー向け」製品の草分け的な存在は、2004年6月に発売された近藤科学の足歩行ロボット「KHR-1」。約13万円という価格で小走りや側転といった高度な動きを実現できることで人気となった。2006年6月には機能を向上させながら約9万円に価格を下げた後継機KHR-2HVを投入。こちらも販売は好調。発売直後はサーボモーターの製造が追いつかず、品切れ状態が続くほどだったという。
ホビー向けの2足歩行ロボット市場に、参入する企業も増え続けている。最近の製品では、京商が歩行性能を重視したマノイ AT01を2006年9月30日に発売。日本遠隔制御とヴイストンは約8万円と低価格化したRB2000の出荷を2006年12月初旬に予定している。
筆者もKHR-1を組み立てたことがあるのだが、ロボット作成はとにかく面白い。組み立て、動作データの作成、オプションの追加、改造など、自分だけのロボットを作り上げていく過程が楽しいのだ。ただ、その楽しみを知っている人は一部のロボットファンに限られている。
KHR-1の累計販売台数は約4000台。KHR-2HVでは8000台を目指すという。黎明期という面で似ていると言われる自作マイコンキットのNECの「TK-80」は発売後2年で約6万6000台が売れたという(社団法人情報処理学会のWebページより)。TK-80の当時の価格は約9万円。時代は違うが、値段としてはKHRシリーズと同等である。しかし、家庭向けロボットブーム到来と言うには、台数がまだ足りない。
ロボットの販売台数が伸びない理由は明白だ。ロボットで何をするのか分からないことだろう。動作データを作成すれば、ロボットは自由に動くが、逆に自分でデータを作成しないと何もできない。サンプルモーションを再生するだけで終わってしまう。ロボット製作を始めるにも、続けるにも、目標や目的が必要だ。「パソコンはソフトがなければただの箱」といわれるが、ロボットも使う用途がなければただの人形なのである。
これまで、多くのロボット作成者が目標としていたのがROBO-ONEなど2足歩行ロボットの格闘大会への参加だった。それでも、初心者には敷居が高かった。そこで、参加者の裾野を広げるべく、初心者でも気軽に参加できるようなスポーツ風競技会を開催する動きが出始めた。
例えば、近藤科学は3体のチームで闘うサッカー競技、京商は一定の距離を歩行する速さを計測する徒競走の大会を継続的に開催していく方針だ。これらの競技は、秋葉原UDXビルで2006年11月3~5日に開催される「アキバ・ロボット運動会2006」で見ることができる。新たな用途を創造するという取り組みでは、神奈川県やロボット関連企業が開催する「ロボLDK」というコンテストもある。参加者は、リビングルームを見立てたステージ上で、ロボットの新しい用途を寸劇風に実演する。最近では2006年10月29日にクイーンズスクエア横浜で開催された。
現状においてはロボットが新たな市場を創造するという予感はあっても、まだ我々の生活に溶け込んでいく姿は見えてこない。それでも、誰もが手軽に自分のロボットを作成できる状況にあることは間違いない。競技会やコンテストといった取り組みを通し、初心者を含む多くのロボット製作者が交流できる環境整備が進めば、その熱気が、新たな用途の創造につながっていくのでは、と期待している。