ネットワークの中立性についての議論が盛り上がっている。総務省は10月にもネットワークの中立性に関する研究会を立ち上げる。ネットワークの中立性の具体的な論点は,「利用の公平性」と「コスト負担の公平性」の2点だ。記者は,このうち「コスト負担の公平性」についての議論はするだけムダではないかと考えている。

追加料金や利用帯域課金を議論

 コスト負担の公平性とは,ネットワークの利用度に応じて正しくコストを負担すべきという主張だ。代表例には,「インターネット・インフラを利用する動画配信サービス事業者は,直接接続する以外のプロバイダにもインフラ利用料金を支払うべきか」という,いわゆる「インフラただ乗り論」を巡る議論がある。また,インターネット接続料金を回線速度による固定料金ではなく,使った帯域で課金する料金制度は妥当か,といったことも議論されている。

 コスト負担の公平性が議論される背景には,「トラフィックが急増しているのに,ブロードバンド・インターネットが低料金のままなので設備の増強が追い付かなくなってきた」(情報通信総合研究所の清水兼人主任研究員)という事情がある。プロバイダにとっては深刻かもしれないが,このような議論はなかなか結論が出ない。仮に結論が出たとしても,法規制や行政の介入ではコントロールできないだろう。インターネットのコスト負担の公平という概念自体あいまいだし,“公平”という水準を決められたとしても,それを実現することが不可能だからだ。

 例えば,インターネット・バックボーンを圧迫するコンテンツ事業者に,インターネット接続料金と別にインフラ・コストの負担を求めるとしよう。この場合,負担を求めるコンテンツ事業者の範囲をどうするか,事業者ごとのコスト負担を公平に決められるのか,集めたインフラ・コストをどう配分するのか。変化の速いインターネットで,何年もかけて結論を出すのは無意味だし,そもそも皆が納得するルールを決めるのは難しい。コスト負担のルールを的確に決められたとしても,コスト負担を求めることができるのは,日本国内だけ。YouTubeなど,海外にサーバーを持つコンテンツ事業者を結果的に優遇することになりかねない。

競争や力関係に任せるのが一番まし

 インターネットのコスト負担は,元々,公平という基準で誰かが決めているわけではない。ユーザーとプロバイダの間の接続料金は,プロバイダ間の競争で決まっている。プロバイダ間の接続料金は,基本的には力関係で決まる。プロバイダは,世界で数社の「ティア1」と呼ばれるトップ・レベルのプロバイダを頂点に,複数層の階層構造になっている。おおざっぱに言うと,同一階層の間では無料で相互接続できるが,上位階層のプロバイダに接続するときは接続料金を支払うことになる。

 これらの料金は公平であることを目指して決められたわけでない。実際には過当競争で安くなり過ぎているのかもしれないし,力関係で高くなり過ぎているのかもしれない。ただ,プロバイダ間の競争や力関係で決まるコスト負担が基本的には一番まし,というのが記者の意見だ。弱いものにも交渉相手が複数あるのが普通で,そうであればもっとも有利な条件を提示する相手と契約すればよい。環境の変化や過当競争で一時的に不公平な状態になっても,やがて公平な水準に近付いていくことになるはずだからだ。つまり,プロバイダは誰かに公正なコスト負担を決めてもらうのでなく,自分の判断でコスト負担を適正にするよう動くのが筋であり,早道でもあると思う。

 もちろん,記者もいつでも競争や力関係に任せておくのが一番と考えているわけではない。交渉相手が限られる独占的な市場では,法制度や行政が介入するのは当然だ。しかしそれは,「コスト負担の公平性」として改めて議論するような問題ではない。そのようなことは,「公正競争の確保」として以前から議論されている。

 ネットワークの中立性のもう一つの議論である「利用の公平性」は,「ユーザーやアプリケーションを平等に扱う」ということ。IP電話の通信をデータ通信より優先していいのか,付加料金を払うコンテンツ事業者の通信を優遇するのはどうなのか,プロバイダが自社で提供する動画配信サービスを優先させてはいけないのか,といった将来のネットワークのあり方を大きく左右するテーマを含んでいる。記者は,ネットワークの中立性の議論は,「コスト負担の公平性」ではなく,「利用の公平性」に集中すればいいと考えている。