2006年前半,動画共有サイトの最大手「YouTube」が一気に話題をさらった後,日本でも大手企業が動画共有サイトを立ち上げる動きが目立ってきた。NTTグループが8月末からトライアルとして開設した「ClipLife」もそうした動画共有サイトの一つだ。

 YouTubeなどブームの先駆けとなった動画共有サイトは,誰もが自由に動画を投稿でき,閲覧も無料である。一部には著作権者の了承を得ずに違法に公開される動画もあるといった問題点も含んでいる。放送事業者などの著作権者が,権利を侵害している動画の削除を要請するといったケースも頻発している。

 これに対して日本の大手企業が手がける動画共有サイトは,違法性のある動画が流出しないように,投稿された映像を公開前に一旦チェックする方針を打ち出しているものが多い。NTTのClipLifeもそうしたサイトの一つで,著作権侵害などの不正な映像を半自動的に検出する技術を導入している。例えば,過去に不正と判定された映像との同一性を判定し,再投稿を拒否する技術や,映像の中から必要な部分を抽出して人手による判別を短時間化する技術などについて,トライアル期間中に検証することにしている。

意外に少なかった違法コンテンツの投稿

 半面,このような事前の検閲システムは,動画共有サイトの人気を損ないかねない恐れがある。YouTubeでは,放送番組の中で発生したアクシデントをコピーした映像が即時に投稿され,多くの閲覧数を稼ぐ定番ジャンルとなっている。だが,ClipLifeのように著作権侵害を防ぐ仕組みを導入すれば,こうした映像の投稿は受け付けられないことになるからだ。

 しかし懸念とは裏腹に,滑り出しは順調のようだ。開始当初の1カ月間では,約1500件前後の動画が公開されたという。1日にほぼ50件程度のペースで,映像作品が公開されている計算である。毎日数万本の新着動画が公開されているYouTubeとは比べようもないが,事前検閲がまったくユーザーに受け入れられなかったという結果にはならなかった。

 それよりも当初の想定と異なったのは,著作権侵害や公序良俗に反するコンテンツの投稿が少なかったことだという。ClipLifeのプロデュースを担当するNTTの仲西正・第三部門担当部長は,「開発したシステムの能力を検証するほどの違反コンテンツが無く,拍子抜けしているくらいだ」という。

 逆に,不正なコンテンツがないという安心感や,作品の再利用や改変の許可などの使用条件を「クリエイティブコモンズ」という枠組みで投稿者が設定できるという仕組みから,セミプロからプロレベルの映像作家などが,自身の作品の公表に使うなどの動きが広がっているようだ。

動画ポータルサイトではない使われ方を模索

 ただし,「不正なコンテンツがない代わりに,蓄積される動画の網羅性を高めることは難しい」(仲西担当部長)という傾向も見えてきた。投稿者自らが撮影したり作成した映像に限られるため,大半は一般ユーザーの趣味や日常の一部か,作品として作られた映像ということになる。もっともNTTも,こうした展開はある程度は予測しており,「動画のポータル的なサイトは既に存在しており,それと競合するつもりはない」(仲西部長)と強調する。続けて,「そういう意味では,動画共有というだけで“NTT版YouTube”として紹介されることが多いが,こちらの意図とは異なる」と本音を明かす。NTTはClipLifeを商用化する際の事業モデルについて,トライアル期間中の利用状況を基に検討する,としている。だが基本的な方向性はポータルサイトではなく,コミュニケーションのためのツールとしての可能性を探るという点にあるようだ。

 そのため今後は,ClipLifeのサイトにアクセスしてもらって視聴を増やすのではなく,投稿者や視聴者が自らのブログに貼り付けたり,映像を媒介にコメントをやりとりする機能を強化していきたいという。例えば,映像を再生しながら,場面に応じてコメントを時系列順に表示する機能を追加することを検討しているようだ。この機能を使えば,アマチュアバンドの演奏に,プロがどのタイミングで演奏をどう変えれば良いか,といったアドバイスをしやすくなるなるのではないか,と考えているようだ。

 この例のように動画をコミュニケーションの手段として使うと,オンライン指導などのネット上の別のサービスにClipLifeを活用する可能性が開けてくる。商用サービスでは,こうしたB to B分野での展開に期待が持てそうだ。

本家「YouTube」にも人気の動画に変容のきざし

 一方,本家のYouTubeでも,放送番組の不正なコピーが話題を集めるだけではなく,新たな展開が見え始めている。

 YouTubeでは,動画の内容の善し悪しは別として,圧倒的なコンテンツの本数が,多くの閲覧を呼び込む構図となっている。当初は,この集客力を既存のポータルサイトになぞらえて「広告収入をベースにした事業モデルが成立するのではないか」という見方があった。ところが最近になって,こうした想定を覆す利用方法が次々と生まれている。

 有名な例では,薄型テレビ「Bravia」のプロモーション用に欧州ソニーが作成した映像がある。オリジナルの映像はカラフルなたくさんのスーパーボールが街中の坂をスローモーションでバウンドするというものだ。これは当初,欧州ソニーのサイトで公開されていたが,いつしかYouTubeにコピーされた。すると,これを真似て自宅の階段でスーパーボールをばらまいた映像や,ブラビアの第2弾コマーシャルをロケ撮影している様子をたまたま居合わせた人が撮った先取り映像などが次々と公開されていった。YouTubeの中に一気にBraviaとタイトルを付けた映像があふれかえり,新ブランドの浸透に一役買ったという顛末である。

広告収入に依存しないビジネスモデルの可能性

 一連の動きの中で欧州ソニーは,勝手にコピーされたオリジナル映像の削除を要請しなかっただけだった。だが,こうしたユーザーの評判となる映像が露出し,さらに関連する映像が集まってくる,というサイクルはほかの人気を集める動画コンテンツにも起きている現象である。消費財メーカーの中には,これをうまく働かせて自ら動画でメッセージを伝える場として活用しようという動きも出始めている。YouTubeという媒体にコストを払って広告を出すまでも無くなるという訳だ。YouTubeもこうした効果を認識し,スポンサーの名前を冠した専用サイトを提供するという事業モデルの確立に向けて動き始めている。

 この例は,ポータルサイトとしてたくさんの映像を一同に視聴できるというYouTubeの特徴ならではと言える。ただし,ユーザーが一方向に視聴しているだけではなく,公開された映像に視聴者が働きかけるという「Web2.0」的な動きは,期せずしてClipLifeの目指す姿とも重なっている。

 これまで,動画共有サービスに代表されるWeb2.0型サービスに対しては,ビジネスモデルの不在を指摘する声も多かった。だが,ここにあげた例に見られるように,逆に,これまでのインターネット・ビジネスの中心であった広告収入に依存しないビジネスモデルを切り開く高い可能性を見せ始めている。