「携帯電話の番号ポータビリティ」(注1)が10月24日に始まるのを控え,携帯電話事業者が相次いで法人向けのサービスを強化している(関連記事)。番号ポータビリティ関連では,一般個人をターゲットとしたサービスやメニュー,端末に目が行きがち。しかし,筆者はこの秋に事業者が法人向けに打ち出したサービスやメニューに,従来にはない意気込みを感じている。

注1:契約している携帯電話事業者を別の事業者に変更しても,従来の携帯電話番号をそのまま継続利用できる制度。変更の際に手数料などが発生する(各社が公開した手数料の詳細はこちらへ)が,各社の手数料はほぼ横並びとなっている。

 サービスなどのポイントは後述するとして,法人向けのサービスを強化する事情についてKDDIの小野寺正社長兼会長が興味深い発言をしている。「法人の携帯電話の契約数が最近になって伸びている」というのだ。

 過去1年間の成長率では,法人向けが個人向けの約2倍ある。しかもKDDIの独自調査では,3割の法人が番号ポータビリティを利用する意向を示しているという。特に法人契約の場合,一般に全社員が同じ携帯電話事業者と契約するため,大規模な台数を一気に獲得できる。番号ポータビリティを契機に,法人市場へと携帯電話事業者が攻め込むのはこうした理由からだ。

個人向けと逆方向に進む法人向け携帯

 携帯電話事業者が法人向けに力を入れる理由はもう一つある。法人向け携帯電話に求められる特性に個人向けと逆行する側面があり,その逆行する側面が携帯電話事業者やメーカーにとって都合がよいからだ。

 個人向け携帯電話は,新機能を搭載した多品種の携帯電話機が,3カ月ごとに店頭で入れ替わる。携帯電話事業者やメーカーは端末に搭載する機能を次々に開発し,デザインや色のバリエーションをそろえ,販売奨励金(注2)を使って短期間で売り切る。つまり携帯電話事業者もメーカーも,絶えず走り続けている構図である。

注2:携帯電話事業者が端末の販売代理店に支払う販売支援金。インセンティブとも言う。その一部が端末代金に還元されるため,ユーザーは本来よりも安い料金で端末を購入できる。

 ところが法人向けの携帯電話は,個人向けとは全く逆方向のニーズが強い。例えば,端末は極力同一機種である方が望ましい。同じ業務を複数の社員が利用するためには,端末によって画面サイズが異なったり,利用できる機能に差異があったりするのでは不便極まりないからだ。

 しかも,企業は同一の端末を長く利用したがる。初期費用が発生しているという理由だけではない。業務システムと端末の機能を連携させるには,端末が短期間で入れ替わっては困るのだ。携帯電話事業者やメーカーにしてみれば,端末のバージョンアップを迫られず,じっくりその端末を販売できる。

 さらに,企業はセキュリティの観点から携帯電話に複雑な機能やデータなどを持たせたくない。企業によっては,携帯電話の常識となったカメラ内蔵さえ嫌がる風潮があるという。つまり携帯電話機は,企業が管理しやすい端末であることが求められるのだ。この流れが強まると,将来の法人向け携帯電話は必要なデータを必要に応じてダウンロードして使う「シン・クライアント」へと発展していくかもしれない。

 法人用と個人用で必要とされる携帯電話機のかい離が進むと,ユーザーが企業内と個人用の携帯電話を別の端末にして使い分ける場合が増えてくるだろう。契約数が2006年8月末で約9350万になり,携帯電話市場はこのままでは大きな契約数の拡大は望めない。一人が法人用と個人用で2台以上の携帯電話を持つようになれば,頭打ちとなっている契約数を伸ばせる期待もある。

内線電話向けメニューは“ガチンコ勝負”に

 こうした中,携帯電話事業者の法人向けの内線ソリューションは,この秋“ガチンコ勝負”の様相を呈している。携帯電話など移動電話を内線に取り込むシステムを日経コミュニケーションでは「モバイル・セントレックス」と名付けたが,この市場が大きな岐路を迎えているのだ(各社が提供を開始したサービスの詳細はこちらへ)。

 これまでNTTドコモ,KDDI,ソフトバンクモバイル(旧・ボーダフォン)は,モバイル・セントレックスで3社3様のアプローチを取っていたため,同じメニューがぶつかり合うことはなかった。例えば,無線LANで構築した内線網に音声を載せるソリューションを提供しているのはNTTドコモだけで,ほかの2社は携帯電話インフラを使う形式だった。それが今年になって,各社とも他社に正面から競合するサービスを提供している。

 その皮切りは7月にKDDIが投入した無線LAN/携帯電話のデュアル端末。NTTドコモが2年前に発売した内線向け端末に対抗する新製品だ。この結果ユーザーは端末を含めて,NTTドコモとKDDIのソリューションを評価したうえで,携帯電話事業者を選択する構図になっている。

 さらにソフトバンクモバイルは,フィンランドのノキアのデュアル端末を採用してこの市場に乗り込む計画を明らかにしている。9月28日にソフトバンクモバイルの新端末発表に登壇した孫正義社長は,「法人市場には,ソフトバンクテレコム(旧・日本テレコム)の1000人規模の営業を活用し,さまざまなソリューションを展開する」と強調した。

 携帯電話事業者が法人に力を注ぐ中,サービスを導入する企業は携帯電話事業者各社の言いなりにならず,それぞれのソリューションの差異を見極める“眼力”が問われることになる。