ITproの中で「ユーザー」と書けば,ITを利用する企業あるいはそこに勤務する社員を意味する。ITを生業にしている企業やそこに所属する社員をユーザーとは呼ばない。ただし,広く普及している製品を使う利用者については,所属企業を問わず,全員をユーザーと呼ぶこともある。いずれにしても,以上の言い方が許されるのはITproや日経コンピュータなど専門サイトや専門誌においてであって,一般のサイトや雑誌では通用しない。

 ユーザーに対する言葉として「ベンダー」があり,ITベンダーとも書く。ITを生業にしている企業群,すなわちコンピュータ・メーカーやソフトウエア・メーカー,ソフト開発会社,コンピュータ販売会社の総称である。かつてはソフトハウス,システムハウスという言葉があったが,いつの間にか使われなくなった。そのかわりかどうか,システム・インテグレータという言葉が登場し,SIベンダーと呼ぶこともある。ソフト開発やコンピュータ販売と,システム・インテグレーションはまったく別の仕事であり,開発や販売を手掛ける企業は多数あっても,SIをやれる企業はそれほどいないと思うが,多くの企業がそう名乗っている。

 「ITベンダー」や「SIベンダー」といった言葉も一般のサイトや雑誌では通用しないから,原稿を書く際には注意が必要になる。筆者はITproや日経コンピュータに加え,日経ビジネスや日経ビジネスオンラインに原稿を書いている。日経ビジネスにIT関連の原稿を書く場合,ユーザー企業やITベンダーといった言葉は原則として使わないが,やむを得ない時には「こういう意味です」と断って使う。

 ここまで書いたところ,大手金融機関のシステム統合に関わるトラブルを解説した『システム障害はなぜ起きたか』という単行本を2002年に出版した時のことを思い出した。同書の元になった原稿は日経コンピュータやITproに掲載された。ただし,単行本の目的は一般のビジネスパーソンにお読み頂くことだったので,元原稿にはかなり手を入れた。真っ先に消去した言葉が,「ユーザー」と「ベンダー」であった。

 単行本を作成している時,消去ないし言い換えた言葉を手帳に書き出しておいた。後でコラムのネタにしようと思ったのだが,なかなかその機会が無かった。4年ぶりにそのメモを披露したい。といっても非常に短いものである。順不同で列挙する。

オープン・システム,UNIX,インテグレータ,サーバー,クライアント,クライアント/サーバー,稼働,負荷,汎用コンピュータ,メインフレーム,カスタマイズ,製品名(英語)

 「稼働」とは,カットオーバーあるいはサービスイン,すなわち情報システムを完成させて,利用に供することである。しかし一般には「稼働」をこの意味で使うことはない。最後の「製品名(英語)」は,メーカーの製品名を指す。単行本は縦書き表記にしたので,英語表記を極力避けた。ところが日経コンピュータもITproも横書き表記なので,元の原稿には英語表記がかなりあり,書き換えなければならなかった。上に示した以外にも,言い換えたほうがよい所が散見されたが,締切の関係もあり,徹底できなかった。

ユーザーの役割は「全部」である

 妙な書き出しになってしまった。筆者は原稿を書く前に必ず題名を決める。題名を「ユーザーはITプロフェッショナルであるべきか」とした途端に,「ユーザーとかITプロフェッショナルとは普通言わない」と思ってしまった。とはいえ冒頭部分は余談ではない。本稿の主題は,「情報システムに関わる仕事を進める上でユーザーとベンダーはどのような役割分担をすべきか」というものだが,本来は「ユーザー」「ベンダー」といった言葉遣いをしない人たちを交えて議論しなければならない。

 本題に入る。長年記者をしていると時折,質問を受ける。「情報システムの開発・運用をアウトソーシングすべきか」「パッケージ・ソフトをどこまで使うべきか」といった質問が多い。こうした質問を言い換えると,「ユーザー企業はどこまで情報システムの仕事に関与すべきか」となる。

 難しい質問だが,筆者は次のように答えている。物事には理想の型がある。情報化の体制についても理想型はある。しかし,その企業の情報化の歴史や,経営者の考え,情報システム部門の体力,情報化に使える金の多寡,といった諸要素によって,理想型をどこまで追求するか,追求できるかが変わってくる。どのようなやり方をとるにせよ,理想型は別にあるということを頭に入れておく必要がある。「これがベストのやり方だ」と思った瞬間,緊張感が無くなり,問題を起こしやすい。