日経コミュニケーションにとって,秋は調査の季節。総務省と弊誌が共同で実施した「ブロードバンド/モバイル時代の企業ネットワーク実態調査」の調査結果を,9月15日号特集記事として掲載した。詳細は本誌に譲るが,広域イーサネットとインターネットVPN,そして直収電話(ユーザーを直接収容する固定電話)の伸長が著しい。ただ電話による聞き取り調査や取材では「通信サービスの多様化と低価格化が一段落してしまい,先が見えない」との声が多く聞かれたのも事実。踊り場とも言える状況の先にあり得るシナリオを考えてみたい。

 企業ネットワーク実態調査は,企業ネットワークについて現状と今後の方向性を聞くもの。2006年は国内の上場企業と店頭公開企業および有力な非上場企業,計3836社に調査票を郵送。郵送またはWebページで回答を受け付けた。回答企業数は1311社に上る。

検疫ネットは急増,シン・クライアントは鈍い

 2006年の調査に当たって,企業ネットワークが迎えた踊り場をまったく想定していなかった訳ではない。今回の調査では,「新サービスの登場と価格下落が一段落し,ユーザー企業はセキュリティ対策に重点を置いているのではないか」という仮説を立て,「検疫ネットワーク」と「シン・クライアント」に関する質問項目を追加した。

 検疫ネットワークは,LANに接続したパソコンを監視し,セキュリティ・ポリシーを満たさないパソコンを隔離するためのネットワークのこと。シン・クライアントは,クライアント・パソコンには必要最低限の資源だけを持たせ,アプリケーションやデータをサーバーで一括管理するシステムの総称だ。個人情報保護法の施行や内部統制への対応といった点を背景に,導入意欲が高まっているのではないかと予想。踊り場の先にある2007年の階段は,セキュリティに向かっているのではないかと踏んだ。

 その読みの当たり外れは,検疫とシン・クライアントで明暗が分かれた。

 検疫ネットワークは,回答企業1311社のうち144社が導入済み。導入予定または検討中と回答した企業は506社と,双方を合わせると回答企業数の約半数に達する。2007年の急伸はまず間違いない。

 一方,シン・クライアントの導入企業は全体の3.9%,数にしてわずか51社にとどまった。導入済みとしたユーザーも,試験的な導入事例が少なくない。例えば試験導入中の東日本旅客鉄道(JR東日本)は「本格導入は未定だが,導入するとなればその端末数は約3万台。この台数ではパソコンとの差額が馬鹿にならないコスト増を招く」(経営企画部の山作英一副課長)と慎重な姿勢を見せる。

 シン・クライアントの導入企業がわずかな数にとどまった背景には,シン・クライアント以外の選択肢が充実してきたこともある。プラスチック製品大手の中央化学は,情報漏えい対策としてハードディスクの暗号化ソフトをノート・パソコンに全面導入。「シン・クライアントは一括導入が難しく速効性がない。漏えいリスクを伴う個人情報や提案資料に限らず,カタログなどを含めすべてをネットワーク経由で扱うシン・クライアントは効率が悪い」(情報システム部の田上信雄課長)と判断したためだ。

NTT NGNの「イーサ通信機能」は2007年調査の台風の目になるか

 引き続き実施する予定の2007年調査でも,踊り場の先を見越した調査項目が欠かせない。例年通り実施するとすれば,調査期間は2007年8月前後。その頃には,通信事業者が構築中の次世代ネットワーク「NGN」の実像がはっきりするはずだ。2007年の調査結果に影響を与えるにはまだ早いが,現在利用率トップのIP-VPNを追い抜く勢いの広域イーサネット・サービスを「今後利用する/検討中」と回答する企業数を左右する可能性を秘めている。

 NGNが提供する機能で2007年調査の台風の目になりそうなのは,NTTが言うところの「イーサ通信機能」。信頼性の向上とサービス価格の低減がユーザー・メリットとして考えられる。

 その理由はこうだ。

 NGNは,通信事業者が電話やデータ通信などあらゆるサービスの中核とするネットワークのこと。NTTグループは,2006年12月に開始するフィールド・トライアル参加者を募集中。インターネット接続事業者などのトライアル参加者の接続やアプリケーション開発を待って,2007年4月にはモニタ・ユーザーの公募を始める予定だ。NTTがフィールド・トライアルで提供する機能は,インタラクティブ(双方向)通信機能,ユニキャスト(片方向,一対一)通信機能,マルチキャスト(片方向,一対多)通信機能,ISP接続機能,イーサ通信機能の5種類。イーサ通信機能は,通信品質を制御するQoS(quality of service)機能を持つ広域イーサネットという位置付けになる。

 イーサ通信機能は,ITU(国際電気通信連合)が定める「Y.1731」仕様に準拠した障害管理や性能管理の機能を備える。この標準に乗っ取り,KDDIや日本テレコム(2006年10月1日付けでソフトバンクテレコムに社名変更)などNTTグループ以外の通信事業者も同様の次世代イーサネット網の導入を進めていく。広域イーサネットでは,多様なスイッチを個別に管理する繁雑な作業が必要になる。この管理負担がITU-T Y.1731によって軽減されれば,信頼性向上や低価格化の強力な後押しとなる。

 2007年も検疫とシン・クライアントの調査を継続し,NGNに関する質問項目を追加すれば,踊り場の先が見えてくるはず。ただ調査票のページ数には限りがある。定点観測を維持しながら質問項目を増していくと,回答企業数の減少を招きかねない。質問項目に丸を付けていく作業はあまり楽しいものではない。

 総務省との合同調査となった2004年以来,30%超の回収率を維持している企業ネットワーク実態調査だが,2004年の35%,2005年の35.4%に比べて今年は34.2%と回収率がやや落ちている。調査項目数の総量規制は外せない。文字を小さくするのは邪道。ITproの読者の中にも,弊誌の調査にご協力いただいている方がいらっしゃるはず。もし来年調査票が届いたら,本コラムを思い出しつつ封を切っていただければ幸いだ。