会社の年商69億1000万円のうち,6分の1近い10億9100万円がでっち上げ。しかも,その取引を仕組んだのは1人の社員だった--。

 大阪市に本社を置くネクストウェアで,こんな架空の売り上げ計上事件がこの7月に発覚した。同社はアウトソーシングを得意分野とし,2000年に大証ヘラクレスへの上場を果たした,若いITサービス企業だ。

 架空取引を企てたのは,PBS(プロフェッショナル・ビジネス・サービス)と呼ぶ,新規事業を任せていた元事業部長である。この元部長のネクストウェア入社は2004年10月のこと。「この事業分野で,実績を上げている凄腕の営業がいる」といった社内推薦の声に基づいて競合他社から引き抜いたという,いわば“カリスマ営業”だった。

 しかし,この“カリスマ営業”がネクストウェアで作り上げた実績は,2004年10月の移籍当初から不正が発覚する今夏まで,ほぼすべてが架空だった。実在する顧客企業の名前を使って発注書や検収書を偽造し,あたかも取引があったように見せかけていたのだ。当然,顧客からの入金はない。そこで“商談”を1人でまとめ上げた元部長は,入金が遅れている様々な理由を作り上げ,不正の発覚を逃れていた。

「まさか部長が…」「できる営業だから…」が盲点に

 今年に入り,ネクストウェアで起こったような架空取引事件が,ITサービス業界で相次いでいる。どの事件にも共通するのは,ほぼ1人の営業パーソンの手で億単位の架空取引が作り上げられ,発覚までに長い期間を要したことだ。

 NECでは3月に,子会社のNECエンジニアリング(NECE)において,5年度にわたって売上高363億円,営業利益93億円が水増しされていたことが発覚。主導したのは,架空取引があった部門を率いた元事業部長だった。事業部門の販売実績を良く見せたいという考えが犯行動機になったが,後には架空取引で得た資金の一部を着服した容疑もかかっている。

 4月には,中堅ITサービス企業の日本システムウエア(NSW)で,架空取引によって4億2800万円が詐取されていたことが明らかになった。架空取引を企てたと見られるのは20代後半の元社員だったが,「同年代では申し分のない実績を上げ,上司からの信頼も厚い営業だった」という。このケースでは,元社員が2年ほどの間にこなした数百件に上る顧客からの発注取引の中で,36件の架空取引が分散して仕組まれていたことも不正の発見を遅らせた。この元社員は,事件が発覚した当日に失踪し,今も消息を絶ったままだ。

 一連の事件から見えてくるのは,「できる営業」に任せきりで管理の仕組みが弱いという,ITサービス企業の営業組織にありがちな盲点だ。発注・契約までの商談に加え,入金管理まで営業に頼っていたことが,不正の手口に使われた。「まさか部長が」「彼はできる営業だから」という信頼感が,上司や経営陣の目配りをおろそかにした。NSWの田代昭臣常務は「1人で何でもこなせてこそ1人前の営業,という社内文化があった」と述懐する。

放任こそが,営業現場を不幸にする

 「営業の管理強化」というと,現場の仕事を面倒にしたり,個人の意欲をスポイルしたりするといった,マイナスの作用をどうしても思い浮かべてしまう。記者も,当初は「管理強化が,本当の解決策なのか」と,うがった見方で事件の取材を始めた。しかし,先行している企業の取り組みも聞いた上で,考え方を変えた。「ITサービス企業の内部統制はまだ弱い。それに,管理強化は営業の強化にもつなげられる」のだと。

 「営業が何でもできてしまう状況は,逆に不幸だ。不正がないかをチェックする仕組みがあってこそ,社員を守ることができる」。90年代後半から,営業の業務プロセス改革と,統制強化を図ってきた大塚商会の金子修一経営企画室次長はこう語る。

 2000年以降の不況を経験してから,ITサービス業界では「親会社や元請け依存から脱却せよ」「新規の顧客や事業分野を開拓せよ」といったかけ声の下,営業にかかる負荷が重くなっている。オープンシステムの普及で,商談の競合が激化したことも,この状況に拍車をかけている。

 売り上げや利益などを目標にした営業成績に対するプレッシャーが重くなる一方で,管理体制は未熟で,ほぼ昔ながらの放任主義。個人の意識の問題が大きいとはいえ,このような状況を放置することは,現場を不正の誘惑から無防備なまま放置していることを意味する。「管理の強化は現場の社員を守る」--。取材先で何度か聞いたこの指摘に,遅ればせながらはっと気付かされた。

「入り口」と「出口」を押さえる

 一連の架空取引事件について言えば,不正を牽制(けんせい)する大原則は,営業の仕事から,顧客からの入金管理と購買をきっちりと分離すること。つまり,お金や仕入れ製品が出入りする「入り口」と「出口」の管理を,営業とは別部門の権限で行うことだ。例えば,ネクストウェアやNSWの事件では,入金が遅れている顧客への問い合わせやその報告を担当営業に任せていたために,営業が理由を取り繕うことができていた。

 仕入れに関しても,営業が大きな権限を持っており,必要な製品が納品されていたかどうかの事実確認がおろそかになっていた。そして,一連の事件ではこの仕入れが,会社から金品を詐取する手口に使われていた。

 大塚商会などが行っている不正チェックの仕組みや,事件後に各社が取った再発防止策の中身について興味を持たれた方は,ぜひ日経ソリューションビジネス9月15日号の特集をお読みいただきたい。

 営業の管理強化がもたらすものは,社内の不正取引を抑止する効果だけではない。不正に巻き込まれることへの予防にもなる。例えば,2004年に発覚した,新興ITサービス企業のメディア・リンクスを舞台にした架空取引事件では,多数のITサービス企業が「取引の輪」に組み込まれていた。大塚商会も一部の取引に関与していたが,「仕入れの事実を確認する」といった社内のチェック体制が機能し,同社の取引には事件性がないことがすぐに証明できたという。

 もう1つ重要な点は,営業の統制強化は現場にその意義をしっかり浸透できるかが成否を分けることだ。どの先行企業も,管理強化について「社員と会社を守るための仕組みである」というコンセンサスが得られてこそ,現場と管理部門が歩み寄って高いハードルを超えることができたと証言している。

■変更履歴
NSWの「田代昭臣常務」のお名前で誤った記述がありました。お詫びして訂正します。
[2006/09/20 11:00]