今年7月に出版されたeラーニング白書2006/2007年版によると,従業員5000人以上の企業でeラーニングを導入している比率は,86.1%にも達するという。同じく,従業員2000人以上5000人未満の企業では52.8%,従業員1000人以上2000人未満の企業でも29.5%がeラーニングを導入している。この調査は,少人数の部署が単独でeラーニングを導入している企業も「導入済み」にカウントしてしまうので,多少は割り引いて考える必要がある。それでも「eラーニングは日本ではあまり普及していない」と考えていた筆者は,この調査結果に少々驚いてしまった。

 ご存知の方も多いかと思うが,eラーニングとはコンピュータとネットワークを使った教育システムである。受講者はサーバー上に用意された教育コンテンツを使ってネットワーク経由で学習し,サーバーのLMS(学習管理システム)が受講者の学習進捗状況やテスト結果を記録する。企業の人事・研修担当者はLMSの管理データを参照して,社内教育を効率的に実施できるというものである。

 eラーニング普及のためのNPO(非営利組織)「日本eラーニングコンソシアム」の小松秀圀会長にお話をお伺いしたところ,最近のeラーニング利用形態には以前とは異なる傾向が見られるという。その1つは,IT分野以外でeラーニングが利用されるケースが増えてきたことだ。具体的には,一般社員向けのコンプライアンス(法令順守)やセキュリティなどの社会通念・ビジネス知識である。

 数年前のeラーニングは,コンピュータ・メーカーやシステム・インテグレータなどのIT企業が,新卒者向けのIT基礎教育を目的に導入することが多かった。また,eラーニングのコンテンツもそういう用途を狙ったものが中心だった。かくいう日経BP社も,IT分野の基礎知識をFlashを使って学習するコンテンツを製作し,コンテンツ単体あるいはLMSの機能とセットで販売していた(コンテンツの一部は,ITpro Startにおいて,無料で利用できます)。
 
 IT分野以外の企業内教育にeラーニングが利用されるようになった理由は,ブロードバンドのネットワークが普及したことで「一般企業でも,教育にネットワークを使うことに抵抗が少なくなっている」(小松会長)ことが大きいようだ。eラーニングのコンテンツも,Flashなどを使った「リッチコンテンツ」だけでなく,携帯電話のブラウザを前提としたテキスト中心のコンテンツが登場するなど,パソコンを気軽に利用できない従業員やアルバイトまで考慮したものが登場している。

 コンプライアンスやセキュリティの教育は,複数の事業所に散らばった全社員を対象に実施する必要があり,集合研修では大変な手間がかかる。そこで,場所や時間の制約無しに受講できるeラーニングが採用されている,というわけだ。


情報発信者を評価する仕組みを用意する

 さて,IT分野の基礎教育からコンプライアンス,セキュリティなどへ適用範囲を広げつつあるeラーニングだが,その適用範囲は今後,どこまで広がるのだろうか?

 eラーニングコンソシアムの小松会長は,今後のeラーニングの適用分野として「商品知識」「業務知識」といった分野に期待しているという。ただし「商品知識」「業務知識」を扱うコンテンツは,企業ごとに商品や業務ルールが異なるため,場合によってはオーダーメイドに近い形で製作する必要がある。その上,必要となる情報の単位は小さく,変化が激しい。これまでのようなスタティックなコンテンツだけでカバーするのは難しいだろう。

 そこで,小松会長が期待しているのが,体系的でスタティックな従来型のコンテンツに,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や検索エンジンを組み合わせたeラーニングだ。暗黙知として企業内に存在している商品知識,業務知識をSNSに登録させて,受講者は高度な検索エンジンを使って,欲しい知識をSNSから見つけ出す。特定のテーマごとに詳しい人をピックアップした「Know-Whoデータベース」を整備して,受講者が適切な情報の持ち主に到達できる仕組みを作り上げる。情報の発信を促すために,発信した情報の質と量を人事評価に反映するHCM(Human Capital Management)との連携も必要になるだろう。


求められる商品知識・業務知識は状況で異なる

 このほか,商品知識,業務知識には「必要となる情報が仕事のコンテキスト(状況)に応じて変わってくる」(小松会長)という特徴がある。このため将来は,eラーニングと業務システムを一体化させて,状況に合わせて知識を提供することが,当たり前になるかも知れない。例えば,営業プロセスの中で,顧客への与信,価格の見積もり,在庫の引き当て,受注,出荷手配,請求などの数多くの処理が発生する。これらの処理ごとに,状況に応じて,受講者(=業務システムのユーザー)に適切な商品知識,業務知識を提供するのである。

 業務システムとの一体化が実現したら,一般のユーザーはeラーニングではなく,「業務システムに付随した高度なユーザーサポート機能」として認識するようになるかも知れない。しかし,それはそれでeラーニングの将来のためにはOKではないだろうか。

 教育・研修費用は交通費,交際費と並んで経費削減の“3K”と呼ばれ,ここ数年の景気後退の中で,相次いで削減の憂き目を見てきた。しかし,eラーニングが業務システムと一体化すれば,その開発・導入費用は教育・研修費ではなく,それよりはるかに大きいシステム開発費の枠内で予算化されることになる。そうなれば,現在よりもコストをかけた,質の高いコンテンツ作成が可能になるはずだ。