携帯電話事業者各社が音楽ファンを意識した端末を相次いで発売している。例えばNTTドコモは2006年8月31日に「FOMA N902iX HIGH-SPEED」を発売する。音楽配信サービス「着うたフル」や,音楽番組といった音声コンテンツの自動配信サービス「ミュージックチャネル」を利用できる。またKDDIは6月に,国内初のウォークマンケータイ「W42S」を発売した。この端末では最長で30時間連続で音楽を再生できるほか,1Gバイトの大容量メモリーを搭載しており,約630曲分の着うたフルの楽曲データを保存できる。またボーダフォンも,背面に楽曲の再生ボタンを搭載して端末を閉じた状態で楽曲を聴くことができる機種を発売するなど,音楽ファンを自社ユーザーとして取り込もうとしている。

 しかしながら,路上や電車などで観察してみると,多くの人が「iPod」など携帯デジタル音楽プレーヤーで楽曲を聴いているのが現状だ。今回は携帯電話機が,携帯デジタル音楽プレーヤーの代名詞になりつつある「iPod」に取って代わる可能性はどれくらいあるかについて考えてみたい。

iPod普及の理由は3つ


 まず,iPodが急速に普及した理由を確認してみよう。その理由は主に3つ考えられる。1つ目は楽曲配信サービス「iTunes Music Store」を開始したことである。2つ目はiPodとの連携機能を持つパソコンソフト「iTunes」を提供し,容易に同サービスで購入した楽曲をパソコンに取り込めるようにしたことだ。3つ目は,効果的な広告展開によって知名度を高めたことである。

 iTunes Music Storeの登場は日本で多くの人に衝撃を与えた。1曲当たりの料金を150~200円と他社よりも低い水準に設定したほか,2006年8月のサービス開始当初から約100万曲という膨大な楽曲を配信できるようにしたからだ。楽曲の豊富なラインアップと低料金により,同サービスは人気を集め,サービス開始からわずか4日で100万曲の販売を達成した。またiTunesを用意し,iTunes Music Storeで購入した楽曲の転送やプレイリストの編集を実施しやすくした点も,iPodユーザーの増加に拍車を掛けた。さらに人間のシルエットを使ったテレビCMを展開し,視聴者におしゃれなイメージを植え付けたことも功を奏した。この3つによりiPodは,音楽を聴くための端末として確固たる地位を築いた。

 携帯電話機がiPodから音楽ユーザーを奪うためには,同端末の水準を上回るサービスと利用環境,ブランドが不可欠になりそうだ。ここでKDDIが提供するフルコーラス付き楽曲コンテンツ「着うたフル」の配信サービスと,iTunes Music Storeを比較してみよう。

 KDDIにおける着うたフルの1曲当たりの料金は300円前後である。また,現時点における楽曲数は約15万タイトルで,iTunes Music Storeと比べると格段に少ない。このように楽曲の料金とタイトル数ではiTunes Music Storeに軍配が上がる。次に,楽曲を端末に取り込むまでにかかる手間はどうか。着うたフル配信サービスでは携帯電話機に直接楽曲コンテンツをダウンロードすることが可能だ。一方,iTunes Music Storeで購入した楽曲をiPodに取り込むためには,パソコンを経由する必要がある。楽曲を端末で聴くまでの手軽さでは,着うたフル配信サービスが優れている。

 最後に知名度向上策である。KDDIはパソコン向けの着うたフル配信サービス「LISMO Music Store」の開始に伴い,同サービスのテレビCMを開始するなど広告活動を強化している。同社はテレビCMのタイアップ曲に有名歌手のものを採用しており,同CMの放送はLismo Music Storeおよび着うたフルの知名度向上に結びつくものとみられる。とはいえ,サービスの知名度においてKDDIの着うたフル配信サービスがiTunes Music Storeを大きく引き離す可能性は低そうだ。以上のように,KDDIの着うたフル配信サービスがiTunes Music Storeを上回っているのは,楽曲を端末で聴くまでの手軽さだけだ。携帯電話機がiPodから楽曲再生端末の主役の座を奪う材料としてはいささか物足りない。

課金プラットフォームが携帯電話事業者の“武器”に


 しかしながら筆者は今後,携帯電話機が楽曲再生端末としての存在感を高めて,最終的にiPodを越える可能性が十分にあると考える。なぜなら携帯電話事業者は楽曲の提供者であるレコードレーベル各社から,魅力的な楽曲を調達するための“武器”を持っているからだ。その“武器”とは,携帯電話事業者の課金プラットフォームである。携帯電話事業者はレーベル各社の代わりに,着うたフルなどの楽曲コンテンツの使用料をユーザーから徴収する。多くのレーベルは携帯電話事業者の使用料徴収の確実性を評価しているようだ。

 実際に筆者は,あるレーベルの幹部に「携帯電話事業者の課金徴収の仕組みは確実性が高く,料金の取りはぐれの心配がない」と打ち明けられたことがある。このように携帯電話事業者は多くのレーベルから信頼を得ており,新曲などの楽曲を比較的調達しやすい状況にある。携帯電話ユーザーの関心を引きそうな楽曲をアップルコンピュータなどの楽曲配信事業者より先に配信すれば,音楽ファンを自社の楽曲配信サービスのユーザーに取り込める見込みは十分にある。

 また,携帯電話機が高齢者から子供まで幅広い層に普及している点も,携帯電話事業者が楽曲配信サービスのユーザーを増やすうえでのプラス要因になりそうだ。楽曲再生機能が携帯電話機の標準的な機能になれば,携帯電話事業者が楽曲配信サービスのユーザー層を拡大できる余地は大きい。

 以上のように携帯電話機は,楽曲再生端末の主役になるだけの潜在力を持ち合わせているというのが筆者の結論だ。実際に,筆者の読み通りに携帯電話機がiPodの牙城を崩すのか---。当面は携帯電話事業者各社が楽曲配信サービスの強化や広告展開を効果的に実施できるかが焦点となる。ぜひ注目していただきたい。