2006年6月に一応の決着を見た高速電力線通信(PLC:power line communication)。PLCモデムを実用化するための技術的条件として,(1)電波遮へい性能および電力線の平衡度が国内の家屋の99%を満たす基準にある条件で,(2)高速PLCを使う家屋から10mもしくは30m離れた場所でPLCが発する電磁ノイズが周辺雑音と同レベルになる――ところのコモン・モード電流の許容値が決められた。(詳細は記事下の参考記事を参照。)

 こうした経緯を踏まえて,さまざまな立場の方へ取材を行い,日経NETWORK8月号では「PLCって何だろう?」と題した特集記事を掲載した(そのときの取材で受けた印象は,7月7日の「記者のつぶやき「高速電力線通信,推進派と反対派の意見を聞いてみると…」に書かせていただいた)。

 許容値が決められたことで,これまで続いてきたPLC推進派と非・推進派の対立には一応の決着がついた形になった。推進派の方々(PLCモデムの開発を進めてきたメーカー)への取材では,ほぼすべての方から,「この許容値は国際的に見て極めて厳しい値。技術的には難しいが,決められた許容値を守り,なおかつ速度が出る製品の開発を進める」という趣旨のコメントをいただいた。筆者は,高速PLCが実用化に向けて前進したという印象を感じた。9月以降の電波監理審議会を問題なく通過すれば,実用化は目の前だ。

 しかし,高速PLCの発する電磁ノイズと同じ周波数帯をすでに使っている非・推進派(今回は「反対派」ではなくこう書くことにする)の方々への取材では,さまざまな面でまだまだ問題があるという印象を受けた。

 それから筆者は,この問題に関して自分なりに満足のいく解決策がないのかを考え続けてきた。今回は,筆者が考えた「今後の高速PLCの進むべき道」について書いていきたいと思う。

このままでは高速PLCは普及しない

 最初に,筆者が至った立場を明確にしておきたい。

 取材した内容とその後調べた補足的な内容を勘案した結果,今回筆者は「高速PLCを推進すべし」という立場を取る。(こうした立場に至った理由については,蛇足かもしれないが,次ページにまとめた。興味のある方はお読みいただきたい。)

 これまでの流れを見れば,6月末に決まった許容値を基準として,高速PLCの実用化が進むだろう。しかし,「高速PLCを推進すべし」とする立場からこれまでの経緯を振り返ってみても,高速PLCが本当に“使える技術”になるようには感じられない。

 理由は二つある。

 一つめの理由は,許容値が決められたにもかかわらず,一部の非・推進派の人々からは相変わらず「高速PLCは悪である」という眼で見られていること。

 既存の電気配線を伝送用のケーブルとして使う高速PLCは,電磁ノイズをばら撒いてしまう。許容値が決められたことで,電磁ノイズの強さはある程度抑制されたが,PLCに反対する人々には,「アマチュア無線や短波ラジオ放送などの既存の無線利用に対してまだ大きな影響がある」と疑う姿勢が見られる。

 明確に反対する立場の人々がいるなかで,その技術を普及・推進させていくのは難しい。

 もう一つの理由は,推進派の方々が,実際に高速PLCを利用できる環境の整備を怠ってきたように見えることだ。PLCモデムの出すコモン・モード電流の許容値は,「どんな家屋でも高速PLCが使えるように」ということで決められた値。冒頭でもコメントを紹介したが,PLCメーカーにとってこの許容値は厳しい値のようだ。この許容値をクリアするには,PLCモデムの出力を下げざるを得ないかもしれない。そうなると,「最大200Mビット/秒」と喧伝していた伝送速度を下方修正しなければならなくなる可能性もある。

 高速PLCの特徴の一つは,この高速性にある。“高速でない高速PLC”にどこまで価値があるのか,筆者にはわからない。

 では,こうした問題の多い状況を解消し,ユーザーが高速PLCを利用できるようになるには,どうすればいいのだろうか。筆者はこう考えた。「6月に決まった許容値よりも厳しい基準でかまわないから,より高速なPLCを許可すべきだ」---。

 読者のみなさんには矛盾する提言に聞こえるかもしれない。ここから先は,この提言を実現するために筆者が考えた具体的なアイデアを見ていただきたいと思う。

電力線通信のメリットを考え直す

 前述のように,日経NETWORKの特集記事のために非・推進派の方々に取材した中で,印象的なコメントがあった。それは,「PLC自体は悪い技術ではないと思っている。問題は,発生するノイズだ」というものだ。

 実は同様のコメントを複数の非・推進派の方からいただいている。つまり,非・推進派の方々も,ノイズさえ出なければ,電源プラグを挿すだけでネットワークを構築できるPLCの利便性を評価しているのである。

 ここで,筆者は,高速PLCのメリットに関する固定観念を捨てるべきだと悟った。

 高速PLCのメリットは大きく二つある。一つは,既存の電気配線を利用できるので,新しく配線せずに済むという点。もう一つは,電源コンセントに機器を接続するだけでネットワークを構築できるという手軽さである。

 このうち,前者のメリットを頭の中から追い払い,後者のメリットだけを考えようとしたわけだ。つまり,PLCのメリットを,「新しく配線しなおす手間がかかるかもしれないが,電源コンセントに機器を挿すだけでネットワークを構築できる」と定義することで,推進派と非・推進派の両者の意見が同じ方向を向くと考えたのである。

建物を審査することでより高速な電力線通信も可能に

 では,具体的にどうすればいいのか。

 筆者が考えたのは,PLCモデムの発生させるコモン・モード電流の基準値を,6月に決められた許容値よりも緩くする一方で,その緩い許容値のPLCモデムを利用できる家屋を厳しく制限するというアイデアである。許容値は,例えば,2005年12月に役割を終えた「高速電力線搬送通信に関する研究会」で検討された値よりも緩くてもかまわない。その代わり,その緩い許容値のPLCモデムを利用したときに漏れる電磁ノイズの上限を,例えば「家屋から5mもしくは15m離れた場所で周辺雑音と同レベルになる値」と決め,家屋の方に厳しい条件をつけるわけだ。

 こうした考えは,総務省で開催された「高速電力線搬送通信設備小委員会」でも意見として取り上げられた。しかし,実際には採用されなかった。その理由を筆者は,このアイデアを実現するのに大きく二つの課題があったからだと考える。

 課題の一つは,強いコモン・モード電流が発生するPLCモデムを使っても電磁ノイズが漏れない,より電磁波の遮蔽効率が高い建物をきちんと認定する体制を整えなければならない点。もう一つは,こうした強いコモン・モード電流を出すPLCモデムが,遮蔽効果の悪い家屋で使われるのを防止するしくみが必要になる点だ。電磁波の遮蔽効率が低い建物で,緩い許容値のPLC機器を利用されては困る。

 一つめの課題は,推進派がリードして,なんとかクリアしなければならないだろう。大きな労力が必要になるかもしれないが,PLC推進派にとって見れば,体制を整える価値はあると思う。

 二つめの課題に対しては,筆者に一つアイデアがある。電磁波の遮蔽効率が低い建物で,緩い許容値のPLCモデムを利用できないようにするために,電源コンセントの形状を「高速PLC専用」のものに変えるというのはどうだろう。

 みなさんは,消費電力の大きいエアコンを接続するための100V(20A)の電源コンセントの形状をご存知だろうか。郵便番号のマーク「〒」を90度回転させたような形状のコンセントになっている。これに対応し,大容量の電気を消費するエアコンの電源プラグは,「l」と縦に短い「L」の組み合わせの形状になっている。つまり,消費電力の大きなエアコンはエアコン専用のコンセントにしかつながらないが,通常の並行2ピン・プラグの電気機器はエアコン専用のコンセントにもつながるしくみだ。

 これと同じように,高速PLC専用の電源コンセントおよび電源プラグの形状を決めて,高速PLC対応機器の電源ケーブルはそのコンセントにしか挿せないようにすればいい。そして,遮蔽効率のよい家屋の中の電源コンセントには高速PLC専用の電源コンセントを使うようにするわけである。機器の販売に際しても,家電量販店の店員などが顧客に電源コンセントの形状を確認するように指導するなど,高速PLC対応の電源コンセントを周知徹底すれば,ユーザーの混乱も少なく済む。

高速PLCの普及には「急がば回れ」

 このアイデアが仮に現実のものとなれば,まずは新築のものから高速PLCに対応していくことになるだろう。電気配線から電磁ノイズが漏れないようにシールドを施した電力線ケーブルを使うなど,あらかじめ漏えい電磁波に対する対策を講じておけば,強いコモン・モード電流を流すPLCモデムを接続しても,漏えいする電磁ノイズを軽減できるはずだ。そうした建物では,電源コンセントが高速PLC対応のものになっており,対応製品を接続して使える。

 一方,古い小学校といった,鉄筋コンクリートだがLANケーブルを配線するのが大変な公共の建物など,すでにある家屋でも,緩い許容値のPLCモデムを使いたいケースがあるだろう。そうした場合は,電気配線から電磁ノイズが漏れる性能をきちんと測定し,基準を満たしていれば,高速PLC専用の電源コンセントに付け替えるという措置をとればいい。

 こうした対策を考えても,非・推進派の方々から「高速PLCを使える基準を満たしていない建物でも,勝手に高速PLC対応の電源コンセントに取り替えて高速PLCを使われてしまうことも考えられるじゃないか」というお叱りを受けるかもしれない。

 それに対して筆者は,「その心配はごくわずかしかない」と答える。PLCは,純粋に通信技術として見ると魅力は乏しい。バス型の電気配線を伝送路に使うため,つながっているすべての機器で帯域を共用することになり,伝送速度が上がらないからだ。しかも,さまざまな電気機器がつながるため,伝送路として見た性能も安定しない。LANケーブルをスター型に配線し,LANスイッチで収容すれば,いまなら簡単に端末ごとに1Gビット/秒の帯域を安定的に利用できる。もちろん,無線LANを使うという手もある。自ら電源コンセントを付け替えてまで,PLCを利用しようというユーザーは極めて少ないと見る。

 逆に推進派の方々からは,「仮に,建物を審査するような体制を組めたとしても,特定の条件を満たす家屋でしか使えない高速PLCには市場がない」という意見がありそうだ。

 そうした推進派の方々に対しては,「急がば回れ」と言いたい。こうした措置に対応した高速PLCは,確かに1,2年で急速に普及することはないだろう。しかし,長い目で見れば,対応する家屋が増え,ユーザーにとっても使い勝手のよい環境が整うことになる。

 高速PLCが将来的に見てどこまで普及する技術なのか,まだわからない。それでも,まったく意味のない技術だとは思わない。「既存の電気配線を利用できる」というメリットがなくなり,「コンセントに電源ケーブルを挿すだけでネットワークを構築できる」というメリットだけになっても,高速PLC対応のHDDレコーダやテレビが登場すれば,使いたいと考えるユーザーはいるだろう。

 今回は,そうしたユーザーおよび高速PLC推進派の方々へ向けた一つのアイデアを紹介した。みなさんはどうお考えになるだろうか。

(藤川 雅朗=日経NETWORK